旗本の姫様

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 太郎は濡れ鼠を客間に運び込むと、志乃の言いつけ通りすぐに風呂へ向かって行った。  残された千代と志乃は、濡れ鼠の着物を脱がせにかかった。太郎は軽々と抱えていたが、やはり意識のない人間は重いもの。二人は悪戦苦闘しながらも何とか濡れた着物を脱がせた。そして、思わず顔を見合わせる。 「まぁ……」 「女子(おなご)……」  二人は濡れ鼠の姿を見て、思わず声を上げた。固く巻かれた(さらし)がその下の膨らみを隠していることはすぐに分かった。しかし、濡れ鼠の身なりは武家の子息そのもの。 「お母様……この方は一体?」 「さぁ、見るからにご事情がお有りの様だけれど、今はとにかく冷え切ったこのお身体を温めないと」  二人は困惑しつつも、それぞれ行動を開始したのだった。  志乃は濡れた晒を慎重に解いていく。痩せてはいたが、女性らしい柔らかそうな曲線を持つ身体だった。年の頃は十六、七だろうか。まだ大人になりきっていない清らかな裸体は、傷一つなく、透き通るように白く美しかった。固く巻かれた晒がきつかったのか、晒を解くと苦しそうだった表情が少しだけ穏やかになった。  志乃はお湯に浸した手拭いで身体を拭いてやり、千代は濡れた髪を丁寧に梳き、椿油で髪を整えた。 「それにしても、美しい方ですわね」  千代は髪を梳きながら、眠っている濡れ鼠の顔をじっくりと見る。確かに女性にしては少々凜々しくもあったが、とても整った顔立ちをしていた。 「お肌もお綺麗ですから、どこかの姫君かもしれませんね」 「そのような方が何故我が家の門前に……」 「さて、それは分かりませんが、今はとりあえず着る物を。殿方かと思っていたのですけれど、女子(おなご)の様ですし、とりあえず貴女の着物を着せて差し上げなさい」  母の指示で千代は立ち上がる。しばらくして何枚かの着物を手に戻ってきた。その間に志乃は濡れた身体を隅々まで拭いてやっていた。  それから二人はせっせとその身体に乾いた着物を纏わせる。 「これで少しは温まるでしょうか」  千代は心配そうに濡れ鼠の顔をのぞき込む。身体を締め付けるものが無くなったためか、先ほどより表情は険しくないが、それでも顔色はまだ悪く呼吸も浅い。とても良い状態とは言えそうになかった。 「しばらく様子を見ましょう。念の為、町医者に来てもらうよう使いを出しておきましょうか」  テキパキと動き指示を出すその様はいつもの母であり、その様子に千代は先刻の様子を思い出しつつも、ほっと安堵の息を漏らした。
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