旗本の姫様

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「輿入れは……嫌でございます」  今にも泣き出しそうな娘の声に、正道と志乃は困ったように顔を見合わせる。しかしすぐに、志乃がそっと千代の手を取った。 「千代……様。こうなる事は分かっていたはずです。貴女様ご自身が言い出された事なのですから」  志乃の厳しい言葉に、千代はついに涙を零す。 「ですが、お母様……わたくし……」 「女に二言などあってはなりませぬ。どうぞお覚悟を」  志乃の言葉に、千代はイヤイヤと首を横に振る。しかし、母の目はそんな娘を咎めるようにじっと見つめるだけ。やがて、正道が一つ鼻を啜るとゆっくりと口を開いた。 「千代……様。貴女様にはこれからお辛い日々が続くでしょうが、どうか耐えて下さいませ。私どもはいつでも貴方様の幸せを願っております」  正道はそれだけ言うとスッと頭を下げる。それに倣うように志乃も静かに頭を下げた。そんな両親の姿に千代の目が驚きに見開かれる。 「おやめください! お父様、お母様」  千代は叫ぶように言うと、正道の膝に縋るように泣き崩れた。そんな娘の姿に、志乃も堪えきれず涙を零す。 「嫌です……!  お父様、お母様……どうか……」  千代の悲痛な声に正道と志乃も涙を堪えきれず、声を押し殺しながら泣いた。 「嫌、嫌ですっ! お父様、お母様……どうか」  千代は何度も同じ言葉を繰り返す。正道はそんな娘を強く抱きしめた。志乃はそっと娘の頭を撫でる。長い間三人はそのまま涙を流していた。  どれだけの間そうしていただろう。千代の涙が落ち着いた頃、正道は静かに口を開いた。 「千代様……いや、千代よ。あと少しの間だけで良い。其方がこの家を出るその日まで、私たちが其方の親で居ることを許してくれるか?」 「何をおっしゃいますか! お二人はいつまでもわたくしのお父様とお母様です! 何があろうと!」  弾かれたように顔を上げた千代に、正道は嬉しそうに微笑む。傍らで娘の髪を愛おしそうに撫でつけていた志乃が涙を拭い、思い出したように口を開いた。 「そういえば、旦那様? 千代の嫁ぎ先は一体どちらなのですか?」  志乃の言葉に千代も何度も頷く。その問いにまた正道は厳しい表情になった。 「それが、少々厄介そうなのだ」 「厄介とは? お相手の方に何か問題でも?」  志乃の問いに正道は首を横に振る。 「いや、それがな……どうやら吉岡の姫の輿入れ先は、公にされていないのだそうだ」 「公にされていない?」  正道の言葉に、志乃と千代は不思議そうに顔を見合わせた。 ☆☆☆☆☆ただいま連載中です。ちょっと覗いてみませんか?☆☆☆☆☆ 『新人魔女は、のんびり森で暮らしたい! 』 https://estar.jp/novels/26063803
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