旗本の姫様

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 基子が口を開きかけた時、廊下から太郎の声がした。 「失礼いたします」  剣術の稽古から戻った太郎が顔を見せたのだ。 「姫様、戻りました。基子様がお見えと伺いましたので、ご挨拶だけでも」  基子はその声にピョンと肩を跳ねさせる。太郎はスッと千代の傍らへ寄ると、一度座り頭を下げた。 「お帰りなさい、太郎。丁度良いところへ帰って来たわ。基子様が、貴方が居なくて大層残念がっておられたのよ」  千代の言葉に太郎は顔を上げると、少し頬を赤らめている基子へと視線を移す。基子は慌てて視線を逸らすと咳払いをした。 「な、何をっ!? 私はそのようなこと言っておらぬではないかっ! ただ、太郎の顔が見えなかったので所在を聞いただけじゃ」  慌てる基子の心中など知らぬように、太郎はいつも通り千代以外の他者に向ける抑揚のない声で答える。 「日中は剣術の稽古か、寺子屋へ算術を習いに出ております故、基子様をお出迎えすること叶わず、大変失礼を致しました」 「よ、良いのだ。そのようなこと。私が突然来たのだ。気にするな。それにしても、剣術の稽古に算術か。立派だな。励めよ」  基子の激励に太郎は静かに頭を下げた。 「激励ありがとうございます。ご歓談のところお邪魔を致しました。私はこれにて」  そう言って立ち上がろうとした太郎に、基子が名残惜しそうな視線を向ける。それに気がついた千代が太郎を制した。 「待って、太郎。貴方もここに居て頂戴」 「はい? ですが、お邪魔でございましょう? お二人で積もる話もあるのでは……」  千代の言葉に太郎は小さく首を傾げる。しかし、千代がチラリと基子の方へ視線を投げれば、基子は嬉しそうに目を輝かせていた。 「其方が良いのであれば、私は構わぬ」 「だそうよ」 「そうですか……。それでは」  千代と基子の様子に太郎は納得したように頷き、基子の連れの女と同様に二人から少々距離を取って座り直した。それを確認してから、基子が改めて口を開く。 「実は、今日は其方に確認したきことがあって参ったのだ」 「先ほどもそのようなことを仰られていましたね? わたくしでお答えできることでしたら、なんなりと」  千代は基子の言葉に小さく首を傾げる。 「そうか……では、単刀直入に聞くぞ。其方、輿入れの話が来ているのではないか?」  基子はそう言うと真っ直ぐに千代の目を見つめる。その目は真剣そのもので、千代は小さく息を飲んだ。その後ろでは、当の本人よりも大きく息を呑む音がする。太郎だ。
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