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「輿入れ? いつの間にそのようなお話が……?」
千代は太郎の視線を受け止めつつ、少し困ったように笑った。父である正道から話がもたらされたものの、はっきりしたことはまだ何も分からない状況だったので、千代は太郎にそのことを伝えていなかったのだ。
「実は、近々そういった話になるだろうとは言われているのです。けれど、まだ詳しい事は何も分からないのよ」
千代の言葉に太郎は困惑顔のまま首を傾げた。
「何も?」
「えぇ。でも、基子様は何故そのことを? いえ、それよりも……。その話を御存じと言うことは、もしや、基子様はわたくしの輿入れ先をご存じなのですか?」
千代は基子へ視線を戻し尋ねる。
「いや、まぁ……。其方の輿入れ先については、少々心当たりがある」
基子はそう言うと一度目を伏せた。しかし、すぐに顔を上げると真っ直ぐに千代を見つめる。その瞳には困惑とも哀れみとも取れる色が滲んでいた。
「心当たり……ですか?」
基子の様子に、千代は恐る恐るといったように問い返す。そんな千代に基子は小さく頷いた。
「あぁ……。だが、其方の幸せを願うならば……」
そこまで言って言葉を濁す基子に、千代は詰め寄った。
「教えてくださいませ! わたくしの輿入れ先は何処なのです? わたくしは何処へ嫁ぐことになるのですかっ!?」
千代の勢いに、基子はビクリと肩を震わせた。その瞳が揺れる。
「そ、それは……。その……」
言い淀む基子を見かねたのか、それまで静かに控えていた基子の連れの女が口を開いた。
「基…子様、続きは私から。お千代様、口を挟むことをお許しください」
女はそう言うと、千代に向かって頭を下げた。
「私は基子様にお仕えしております、名を春陽と申します。基子様はお千代様の輿入れ先を存じておられますが、それを貴女様にお伝えすることを躊躇っておられます」
「それは、何故です?」
千代は春陽と名乗った女の顔をまじまじと見つめた。それまで確かにそこに居たはずなのにその存在を少しも感じさせず、しかし、きちんと相対してみればその存在は凛とし、またどこか猛々しささえ感じさせる女だった。
千代の問いかけに、春陽は真っ直ぐにその瞳を見返す。そのまましばらく黙っていた春陽だったが、やがて重たい口を開いた。
「基子様は貴女様を大層気に入っておられます。出来ることなら、友好を深めたいと。ですが……、貴女様のお答え如何ではそれが叶わなくなってしまうからです」
「どういうことです?」
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