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基子の言葉に千代は困ったように眉を下げた。その表情からは何故そのようなことを言い出したのかといった困惑の色が見て取れる。何故と問いたいが果たしてそのようなことをしても良いのか、黙って目の前の娘の言葉に頷くべきなのかと悩んでいるような、そんな顔だ。
基子は千代の瞳を真っ直ぐに見つめると、その瞳に力を込める。その瞳は信じてくれと言わんばかりに強い意思を秘めていた。その目に見つめられた千代は、ゆっくりと深呼吸をすると、基子の瞳を見つめ返す。そして口を開いた。
「婚姻が本意でないことは事実でございます。ですが、少々お尋ねしても宜しいでしょうか? その上で基子様の問いにお答えしたいと思います」
「構わぬ。答えられることには答えよう」
基子はそう言うと、千代の問いを待つ。
「では、まず……、わたくしの縁組先はおそらく基子様の御家とのことでしたが、それはつまり、わたくしは基子様の御兄弟のどなたかの妻になると言うことにございましょう? 御兄弟の縁談を駄目にしてしまっても、基子様は宜しいのですか?」
千代の問いに基子は少しの戸惑いもなく答えた。
「結論だけを言えば、構わぬ。むしろ好都合だ」
基子の含みを持たせた答えに千代は目を瞬く。
「其方の縁談相手も、其方との縁組を望んでおらぬのだ」
何でもないとでも言うように澄まし顔で言う基子に、千代は複雑な思いを抱く。自身も相手も望まぬ縁組を破談にすると言っているのだ。両者にとって都合の良い話。
だが勝手なことに、「望まぬ」と言われた千代はどこか自身を否定されたようで悲しくなった。しかし、その思いを口に出すわけにもいかず、千代はただ黙って目の前の娘を見つめる。
そんな千代の僅かな心の動きを、基子は正確に読み取った。
「思い違いをするな。其方を望まぬのではない。此度の縁談を望まぬのだ」
基子の言葉に千代は戸惑った。
「それはどういう……?」
「言葉どおりの意味だ」
基子はそう言うと、小さく笑みを浮かべる。
「私は其方を好ましく思う。だが、其方との縁組は望まぬ。それでは、其方は幸せになれぬのでな」
基子は真っ直ぐに千代を見つめる。その目には一切の迷いも曇りもなかった。その瞳の力強さに、千代は思わず息を呑む。
「そ、その言い方では、わたくしのお相手が基子様のように聞こえてしまいますよ。実のところ、どなたのお言葉なのですか?」
千代の問いに基子はふっと笑った。その笑みはどこか自嘲めいたものだった。
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『新人魔女は、のんびり森で暮らしたい! 』
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