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曇狼月冴の困惑
目の前に置かれたビニール袋。その中身を見て俺は体の動きを止めた。
確かに頼んだ──勝手知ったる冷蔵庫を開け、夕飯の材料と食材をチェックして、使おうと思っていた卵がなく、ちょうどひとりで本屋に出かけていた尚斗に電話して、卵を買って帰るようにお願いした。
言わなくても伝わると思っていた、俺のリスク認識の甘さが招いた結果のような気がしなくもないけど、ハッキリ言ってコレは予想外だ。
「どうした?」
「えっと……ううん、なんでもないよ。ありがとね……たまご」
「うん」
暖簾を上げ、台所から出ていく尚斗の後ろ姿を見送って、俺は再び自分の眼下へと視線を巡らせる。
欲を出してピカタ(ピカタはイタリアンだ)を作ろうと思ったのがよくなかった。いや、たとえ和食であってもだし巻き卵とか茶碗蒸しとか卵の使い道はいくらだってある――しかし、しかしだよ。
「温泉卵は……どうやってもそのまま食べる以外思いつかないよね」
キッチンカウンターに置かれたビニール袋の中身――それはパックに入った六個入りの温泉卵だった。
スーパーでよく見る、【〇〇産新鮮卵を使ったトロプル温泉卵! 旨味だし付 6個入】。せめて二個入りだったら、小鉢にあけて付いてるだしをかけて、黄身に明太子を少量乗せて飾ればそれなりの一品になる。
六個もの温泉卵を一体どうしろっていうんだ――両蟀谷を親指と中指で支えるようにして、視界を掌で覆う。
「お米炊いちゃったし、今からカルボナーラなんか作れないよね……この家、洋食の材料ほとんどないし。なんで温泉卵なんだよー、よりにもよって」
これがうずらの卵だったらどうにか出来ていたのかと問われるとそれも怪しいけど、それでも使い道の限られる温泉卵よりはいい。
うずらの卵なら茹でて殻をむいて醤油漬けにしてもいいし、衣をつけて串揚げにもできるし。主食を蕎麦やうどんに変更して月見――なんてことも可能だし。
温泉卵はそのまま食す他は、先述の通りカルボラーナに利用する、ビビンバ丼の上乗せ、鉄火丼の上乗せ、焼き鳥丼の上乗せと……とにかくバリエーションが偏る。現状、三個は消化できるとして残り三個の使い道がまったく思い浮かばない。
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