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翌日。
以前から映画を観ようと約束していたため、まず最寄り駅に集合した俺たちは、全員揃って都心にある映画館へ向かった。
電車内で閑話休題とばかりに昨日ぶつかった壁を彼らならどう乗り越えるのか尋ねてみることにする。
「あのさー、温泉卵って、そのまま食べる以外なにに使う? 主に料理で」
ひどく真剣な声音だったからなのか、先頭車両の運転席側の仕切りに凭れていた昭彦と亮平が目を丸くして俺を見た。
まぁそうなるよね……今日見る映画の話してたのにいきなり温泉卵の話題なんて出されたら無理もない。
「へっ? 温泉卵? そりゃアレじゃね? カルボナーラとか?」
「できれば和食系で」
「それはー……無理じゃないのか?」
亮平の言葉に注釈を入れると昭彦が半笑いで困ったように眉尻を下げた。
「温泉卵って言えば焼き鳥丼だろ? あとはぁー……そのまま食う以外になにがあんだ?」
得意そうに言いながら結局最後には口を尖らす亮平。彼の言いたいことはもっともだ。
「ってか、なんで急に温泉卵の話? 作るのハマってんの?」
ポケット菓子の小袋からキャンディを取り出して、俺たちに一つずつ配ってから最後に自分の口に放り込み、首を傾げる。
「そうじゃなくて。実はね、昨日尚斗に買い置きのなかった卵を頼んだら温泉卵買ってきて。しかも六個入り」
「尚斗、お前なにしてんの」
俺の言葉に亮平が呆気にとられたような顔をして、車窓から外を眺めていた尚斗に声をかけた。
「指定されなかったから好きなの買っていいもんだと……」
低血圧で朝に弱い彼はボンヤリとしながらノロノロと口を開く。
好きと公言したということは、やっぱり温泉卵は彼の好物で間違いなさそうだ。
「えぇ?! 普通さ、卵買ってこいって言われたら生卵じゃね? 俺、間違えてそんなの買ってったらかーちゃんにめっちゃくちゃ怒られる」
「悪かったな普通じゃなくて……焼いてない卵苦手なんだよ」
ボソリと不機嫌そうに言う尚斗の目元がいまにもくっつきそうなほど狭まっている。どうやら眠いみたい。ふらりと揺れて俺の脳天に額を寄せてくる。
もう充分過ぎるほど他のメンバーとも馴染んだ筈なのに、尚斗がこういったことをする相手に選ぶのは決まって俺だったりする。
恋人特権なのかと思えばそれも愛おしさに変わるけど、吊革だけでバランスを取っているから、のしかかられるとちょっと辛い。というか……縮む。
「もしかしてすき焼き生卵つけて食べない派? 人生の半分は損してるな!」
「たかだか十六年しか生きてないけどな?」
亮平の揶揄するような言葉に返事をしたのは昭彦だ。
たしかに、すき焼きに生卵を使わないだけで生きている人生の半分も損だと言い切られるのは釈然としない。
「尚斗はすき焼きに七味とかだから」
「ホント、コイツの胃に穴が開く前にどうにか辛い物好きを正常範囲まで矯正しないとな」
俺の頭上から微かな寝息が聞こえてくる。すっかり寝てしまった尚斗の頭をポンポンと撫でた昭彦が眦を下げた。
こういうちょっとした優しさが、昭彦の人柄なんだろう。同性の自分から見ても、昭彦はいい奴だと思う。
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