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「えっと、尚斗そっち端ね、俺ここで昭彦が隣」
椅子を下ろすなりバフッと腰掛ける尚斗が持っていたバッグを下ろさず前抱きにする姿を見て思わず声を掛けた。
「バッグくらい下ろしたら? 邪魔なら俺が持つし」
「ん……いい、このままで」
早く座れと言わんばかりにこちらの左腕を引き俺のことをシートを下した座面に着席させる。
「……ねむい」
電車の中で散々寝たのにまだそんなことを言い、俺の肩に頭を預けてきた。これではもう身動きが取れない。
パンフレットが欲しかったけど帰りがけかなぁと心の中で溜息を吐き出した。
尚斗は自分の欲求に正直であり、距離が近いことに特に羞恥心も抱かないらしく、休日一緒に出かけた時は躊躇いなく手を繋いできたりする。嬉しい半面、少しだけ気恥ずかしい。
「尚斗、映画観ないの?」
「始まったら起こして……眠すぎる」
ポソリとそれだけ言って一分後には寝息が聞こえてくる。
そういえば昨晩は一読みかけの新書をすべて読んで相当に夜更かししたと言っていた。明け方――それも五時近くに『これから寝る』とメールの着信があったのを起き抜けに確認して即返信したのは記憶に新しい。
いてもたってもいられなくなり待ち合わせ時間よりも前に尚斗を家まで迎えに行って、電車で乗り合わせるなり察しのいい昭彦には「尚斗はまた本の虫になってたのか?」と揶揄われたほどだ。
「尚斗寝たのか?」
「うん、始まったら起こして、だって」
なにしに来たんだかねぇ――嘆息と共にそんな言葉を漏らすと昭彦が失笑する。
「月冴と付き合ってからの尚斗、ずいぶんと丸くなったよな。やっぱり愛のチカラってやつ?」
「あっ?! ……驚いたな、昭彦でもそんなこと言うんだ?」
「いや、ちょっと前のオレなら言わなかったな。んー……これも心境の変化ってやつか。オレなりの」
煙に巻くような言い方をされ、一瞬首を傾げるも、昭彦ならそのうち話してくれるだろうと気を取り直す。
「まだ始まってないよな?」
そんなことを言いながら亮平がようやく姿を見せた。ポップコーンを片手にそしてもう片方の手にはドリンクの載ったトレイを持っている。どうやら飲み物だけ、俺たちの分も買ってきてくれたらしい。持つべきものは友。あとでちゃんと支払いしないとね。
上映のブザーが鳴る――結局尚斗は起こしてもムニャムニャと返事をするだけでちゃんと起きてくれることはなく、そのままの状態でつつがなく映画を鑑賞し終えたのだった。
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