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私が夜にコンビニで働いていると一人の男がやってきた。毎日この時間に来る非常に面倒な男だ。
男は数ヶ月前から毎日、この時間に来るようになった。最初会った時に男は成田と名乗っていた。
「ただいま!」
「いや、あんたの家じゃないよ。来るたびにただいまって言わないでください」
成田は私を見ると、あどけない顔で微笑んだ。
「佳子さんに会いに来たんだよ!」
「店員の名前を覚えたからって、下の名前で呼ばないでください」
成田はニコニコしながら店内を物色していた。
「佳子さん、今日は土地、売ってないの? 高級住宅にしようと大金を持ってきたよ」
「だから気安く名前呼びやめてください。それとコンビニで土地は売ってません」
成田はその言葉を聞いて、飛び上がるほど驚いていた。
「コンビニで土地が売ってないなら、どこで買えばいいんですか?」
「いや、不動産屋さんに行けばいいだけの話です」
成田は私の髪を見て、ぽんと手を叩いた。
「佳子さん、リンス変えた?」
「それが見るだけでわかるなんて、あんた変態じゃない?」
成田はそれを聞いて喜んでいた。
「変態って言われた。やったー!」
「喜ぶところじゃない。頭おかしいよ」
そこで成田が顎に手を当てた。
「そういえば、今日はまだ言われてませんね?」
「何のことですか?」
成田が私の顔を上目遣いで見つめてきた。
「ただいまって言ったんだから、いつもと同じくおかえりなさいと言ってくださいよ」
「いや、今まで一度も言ったことがないです」
成田が天真爛漫の笑顔で仕切り直したように微笑んだ。
「ただいま!」
「いや、だから、あんたの家じゃないって!」
成田がそこでポケットからスマホを取り出してしばらく操作していた。私は早くこんな奴は早く返って欲しいと念じていた。成田がスマホの表示を見て、不気味な笑みを浮かべて私に視線を寄越した。
「ただいま!」
「いや、だから、あんたの家じゃないってさっきから」
成田が私の言葉を手の平を出して遮ると、嬉しそうに話した。
「たった今、スマホでこのコンビニを買いました。だから、ただいまで合ってます」
「は?」
外から帰ってきた店長が青褪めた顔でコンビニにやってきて、全国展開するコンビニの経営権と私が勤めているコンビニの土地が成田に奪われたとわあわあ喚いていた。私はあまりの展開についていけなかった。
「あんた、本当にコンビニを買ったの?」
「佳子さん。勿論です。コンビニで土地、買えるじゃないですか」
店長が新オーナーに向かって口の聞き方が悪いとやかましく言っていた。でも私は気にも止めなかった。成田の喜ぶ顔がむかついてそれどころではなかったからだ。
「佳子さん。ただいま!」
私は成田に負けたと思って悔しかった。でもこうなったら仕方ないと涙を飲み込んで腹を括った。
「おかえりなさい」
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