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いつもあなたがいたのに
ベランダより見渡す町の輪郭が、葡萄色に染まっていく。マンションの花壇から漂う梅の香りを感じながら、洗濯物を取り込んだら次は夕食の支度。
キッチンの棚を開けて食材を──この時、そよ風になびくカーテンの裾を尻目に、つい口にしていた。「そこのドア閉めてくれる?」
はっとして振り向くと、風で大きくはばたいたレースのカーテンが、外界の景色を鮮やかに見せた。
こうして幾度となく私は思い知る。
この風景の真ん中に、当たり前にいたあなたがもういない現実を。
壁にかかるカレンダーも小さく揺れた。季節が巡ってもめくられずにいるそれが、まるで催促しているかのよう。
いくつ季節が過ぎたっけ…。
家と職場を往復するだけの暮らしに模様替えする気力もなく、部屋はほぼあの頃のままだ。
独りで暮らすには広すぎる家。だけど、私の愁う心を収納しておくには狭すぎる。クローゼットに押し込めても、しまいきれない後悔がある。
あなたとの日々に、何をどうしておけば良かっただろう。考えても時間を巻き戻せるわけじゃない。
──お姉ちゃん!
この肩を揺り動かすスリムな指が、片目の視界にぼんやり伸びてきた。
「ん…」
私はテーブルに突っ伏してうたた寝をしていたようだ。
「真由? どうしてここに?」
この顔を覗き込んだのは、隣県に住む4つ下の妹。約束はしていなかったはず。
「用がなきゃ来ちゃだめ?」
陽気で甘えん坊な妹が、流行を意識したファッションに身を包み、ショートヘアも似合っていて前より大人びて見える。今の私にはかなり眩しい。
「構わないけど…」
玄関の鍵をかけておいたのにと違和感を覚えたが、それはともかく、真由は私が相変わらず塞ぎこんでいないか気掛かりなのだろう。
「心配だからじゃないよ。私がお姉ちゃんといたいってだけ」
…考えが顔に出ていたか。
「だってお姉ちゃんはひとりで生きていける強い女性じゃん。新しい出会いも求めずに、自由と自立の道を選べるってかっこいいよ。私も見習いたい」
真由は開いたままのドアへ駆け寄り、そこから顔を出して遠い夜空を見上げるのだった。
私が、強い…?
それは違う。ひとりでも大丈夫ってフリしてるだけ。この不器用な性格じゃ人と馴れ合ってもうまくいかない。大事な人を悩ませるくらいなら、独りでいる方がマシだもの。
でもね、本当は、思い出いっぱいのここで独り、寂しくて……。
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