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「ただいま」が聴こえて
トゥルルル──
一時静まった私たちの間を割って、真由の携帯が鳴り響いた。
「あ、ごめん」
着信相手を確認したら、真由は手早く電話に出た。
「志穂ちゃん? ……もう下の玄関を入った? じゃ、そこで待ってて。迎えに行くから」
迎え? その一言に私は訝しむ。
「ちょっと下に行ってくる。すぐ戻るね」
彼女は慌てて部屋を後にした。
友人をここに呼んだのだろうか。でも何も聞いていないし、急に来客だなんて、困るわ…。
カチコチ、カチコチ、静けさのなか刻む秒針が、徐々にその音を上げてくる。
真由はまだ戻ってこない。
今、家族と久しぶりに会話を交わして気が緩んだせいか、“独り”の事実が妙に心細い。
帰ってしまったのか、それともエントランスで何かあったのかもしれない。そう私は重い腰を上げた。
その瞬間、ドアの開錠音がした。
戻ってきたのねと安堵し、出迎えようと玄関への扉のノブに触れたら──
「ただいまー」
玄関から掛け声が。
しかし、響いた声は真由のものではないと直感した。男性とも女性とも判断のつかない不思議な声だ。
むしろリアリティの伴わない声だからこそ、私は……これが私の求めていた声だと感じたのだった。
誠なの…? 帰ってきてくれた!?
かかとに翼が生えたような、軽快な足取りで玄関へ向かった。
流水のように滑らかに、そこへ踏み出したら──再び、今度は想像以上に高らかな声が沸いた。
「ただいま、お母さん!」
……お母さん?
玄関に立ち尽くす私の瞳に映るのは、黄色い通学帽に赤いランドセルを背負った女の子だった。大きく目を見開いた、無邪気な表情で私を見上げている。
彼女のつま先まで視線を落とすと、家族の靴が土間にいくつか置かれていて、傘立てからは子ども用のと男性用の傘が顔を出している。
私が独りで暮らす家なのに?
「えっと、あなたは」
私はこの瞬間、はっと息を飲んだ。
「志穂…」
これと同時に、どことも知れない遥か彼方から、私を強く揺さぶる切迫した声が──
──お母さん……お母さん!!
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