後悔

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「卒業式、お父さんにも来て欲しかったな…」 「そうね…」  夫の葬儀を済ませたらそれほど時を置かず、志穂は進学のため東京へ引っ越した。私たちは否応なしに新たな暮らしをスタートさせなくてはならなかった。   「私だってとてつもなく悔しくて寂しかった。でも事故だったんだから…仕方ないこと。遺された私たちは前を向いて生きていかなきゃって言ったの、お母さんじゃない! なのにお母さんは、今でも消えない大きな後悔を抱えてる。どうして…」  いま私と対話する志穂は小学生の姿だが、その真っ直ぐな瞳にやるせなさを滲ませている。  私は観念し、最後に彼女と向き合うことを決意した。親として気丈な姿だけ見せていたい見栄なんて、今や空虚なものだ。   「志穂はお父さんと最後に交わした言葉を覚えてる?」  この問いかけに、彼女は考える間もなく返事を口にした。 「私は合否発表の日だったから、お父さんに“リラックスだよ”と言われて“大丈夫”って答えた。それから“いってらっしゃい”って」  私は羨ましくてほうっと一つ溜息をついた。 「お母さんはね、あの朝たぶん、何も会話してなかったの」 「たぶん?」 「最後に交わしたのがどんな言葉だったか思い出せない。あの頃はずっと何かに焦っていて…」    おはようもおかえりも、言ったような気もするし、言ってなかったかもしれない。それほどに曖昧で、つまり、ちゃんと顔を見て会話をしていなかったのだ。   「それは、お母さんフルタイムで仕事してたし、何より私のことで毎日気を揉んでいたから…!」  確かに一人娘のことがいちばん大事だった。特に当時は受験生にとって良い環境を常に整えておきたくて、頭の中はそういうことでいっぱいで。  志穂が大学生になって一人暮らしも軌道に乗れば、私は子育てに区切りがつき肩の荷も下りるはずと、それまでの忍耐だと思っていたけれど…。  自分だけが我慢していたんじゃない。きっと誠も忍耐の日々で、妻である私がちゃんと彼に寄り添うべきだった。様子を気に掛けて、労りの言葉をかけて、些細な事でも彼を気遣う方法はいろいろあったはずなのに。   「お父さんとのふれあいをおざなりにしていいことではなかったって、気付いたのよ。その時にはもう遅かったけど……」
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