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chapter1 再会、もしくは出会い
西暦21XX年――
世界のほとんどは作り物に変わった。大地も海も空も、命さえも。
汚染の進む土地と生命活動の可能な土地とを切り分け、きれいだった頃の海水を科学技術によって再現して海を作り出し、過度な太陽光と毒素を多く含む空気をシャットアウトするフィルターを張り、人類は地球の中に設置した超大型シェルター内で暮らすようになっていた。
もう一度言うことになるけれど、今の世界は、ほとんどが作り物だ。
作り物だけど、その中はとても平和だ。
私たちは、作り物で出来上がった世界の中で生まれて、生きているのだから。
これは、そんな作り物で、そして未完成な私たちの物語――
******
4月1日、午後5時15分。空は朱色と山吹色を混ぜ合わせたような色を描き出している。今日の日の入りは午後6時。そう決まっている。決まった時刻に向けて空も色を徐々に変えていくように設定されている。
ちょうど、こんな色合いになるのを待っていた。
空の茜色と海の深い青が交わる曖昧な色。まるでパレットの上のような光景だ。二つの色を背景にして、私は腕につけたリスト端末からカメラを起動させ、構える。
手首の小さなカメラに向けて微笑み、自分の顔が真ん中に映っていることを確認したら、そっと録画のボタンをタップする。すると、まるで時間が止まったみたいに、何も聞こえなくなる。
「私は……私は『天宮 ヒトミ』。高校2年生になりました。好きな食べ物は担々麺とショートケーキ。趣味は……とくにありません。得意教科は体育と現代文。将来の夢は……えっと……」
そこまで話して、止まってしまった。だって、本当にわからないから。
わからなくて唸り声をあげて、そこで停止ボタンをタップした。
録画が止まると、急に周囲の時間が動き出す。もちろん、本当に止まっていたんじゃなくて、感覚としてシャットアウトしていたという話だけど。
さっきまで聞こえていなかった波の音が、急にザザーッと、耳に押し寄せてくる。
家からほど近いこの海浜公園は、豊かな緑と広いヨットハーバーが隣り合う。少し視線を動かすと、ヨットの影がいくつも波間に揺れている。
波は穏やかだ。確か、明日は結構な大雨の予定だとニュースで言っていた。
交通だけじゃなく天候まで管制システムでコントロールされている昨今、突然の嵐に見舞われることも、想定以上の規模の台風や大雪、干ばつに大被害を被るといったこともない。
気象局から提供されるお天気情報をチェックして、私たちは日々予定を立てて行動する。
よって、大雨が降るとわかっている明日、この公園には人っ子一人いなくなるだろう。その分、今日訪れておく人もいるみたいだ。
日没間近でも、公園内にはちらほらと人影が見える。
どうしよう、困った。この動画、新学期に合わせた学校の課題の一つで、早く撮ってしまわないといけないのに。
このままでは誰かに見られてしまう。それはとっても恥ずかしい……。
「もうすぐ日が落ちちゃうし、撮れるとしたら、あと一回かな」
日が落ちる前には帰らないといけない。両親に、心配をかけてしまうから。
少し慌てて、もう一度カメラを構える。画面には、私と茜空とそれに染まりきらない曖昧な色の海。すべてが曖昧な光景だ。
そこでふと思い立って、録画ボタンを押す。
「私は『天宮 愛』。17歳です。好きな食べ物は……ミルフィーユ。趣味は……星を見ること。星座や星の名前をたくさん知っています。得意教科は、古文と地学と美術。体育は……苦手です。将来の夢は……」
そういえば、何だっただろう。
そう思うと、そこから先が言えなくなってしまった。沈黙ばかりが動画を埋めていくから、一旦、停止ボタンを押した。
録画した動画を最初から見直して、考えてみる。将来の夢は何だったっけ。何て、言っていたっけ。
だけどどれだけ頭を捻っても、思い出せない。
ため息と共に、さっきの動画を再生しようと画面を操作する。すると、声が聞こえた。
「天宮……どちらですか?」
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