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お母さんは、何度も瞬きを繰り返した。それでも、私の言葉の意味がわからないようだった。
「愛、何言ってるの?」
お母さんの目が、驚いて見開き、そして悲しそうに揺らぐ。この目を見ているといつも私まで悲しくなり、お母さんのことが可哀想で仕方なくなってしまう。
だけど、そのせいでお母さんは今みたいになってしまった。
愛の死を認められず、代わりに私を死なせた。
お母さんの悲しみが少しでも和らぐなら……なんて無理矢理に自分を納得させていたけれど、それはダメなんだって教えてくれた。
愛自身やお父さん、加地くんに、弓槻さん、それにナオヤくんが。
だから私は、そういった今までの全部を、否定する。
「お母さん、私は『愛』じゃない」
「何馬鹿なこと言ってるの。あなたは……」
「私は『ヒトミ』。愛の妹の、ヒトミだよ」
「俺たちの、二人目の娘だ……そうだろう」
私の言葉を後押しするように、お父さんは付け加えてくれた。私とお父さん、二人から言われて、お母さんは戸惑っていた。
「愛、じゃない……ヒトミ? そんな、だって……」
お母さんの目がゆらゆら揺れて、視点が定まらない。私から目を逸らし、お父さんからも目を逸らしている。だけど、どこを向いたって困惑するばかり。だって、お母さんが求めている愛は、今、どこにもいないのだから。
「愛……? じゃあ、愛はどこに行ったの? なんで、死んだはずの子がいて、愛はいないの……? あ、ああぁ……!」
「やめないか!」
パニックを起こすお母さんを、お父さんは止めようとしている。だけどお母さんはそれからも逃れようと藻掻いていた。叫び声が聞こえたのか、職員さんまで何事かと顔を見せる。
だけど、その瞬間、急にお母さんは我に返ったように静かになった。
何度も見てきた。スイッチが、切り替わった瞬間だ。
「ヒトミ……?」
「うん。そうだよ、お母さん。私は、ヒトミ」
そうとわかると、お母さんは急に、しゅんとして項垂れた。
お父さんは職員さんたちに話をして、戻ってもらっている。私は……お母さんの手を取った。
だけど、その手はすぐに振り払われた。
「やめて」
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