chapter6 約束

18/18
前へ
/110ページ
次へ
「お母さんがいなければ、私は産まれなかった。それは、すごく感謝してる。だけど……やっぱり恨む気持ちも消せない」 「そう、ね……」 「だから、罵ってなんかあげない」  お母さんは、もう一度私を見た。驚きが、そこに溢れている。 「今、生まれた時からの恨み辛みをお母さんにぶつければ、お母さんはきっと満足して、気が楽になるでしょう。楽になんかさせないから。私が苦しんだ分、一緒に苦しんで。私をこの世界に生まれさせた『親』として」 「『親』……? 私が? 一緒に……?」  何度も目を瞬かせながら、お母さんはそう尋ねる。私は、しっかりと頷き返した。 「それが愛のお願いだったんだから、『仕方ない』よ」 「愛のお願い……そう、なの?」  あの時見た映像で、愛が言っていた。 ――家族三人、協力したら、きっとできるよね  家族三人が誰を指すのか……お互いに、言う必要はないと思う。 「愛のお願いなんだから、『仕方ない』よね。私は愛にはなれないけど、お父さんとお母さんと私、家族になれるように、一緒に頑張ってくれないかな」 「頑張る……何をすれば……?」 「まず、思い出してほしい」  そっと、お母さんの手をとった。今度は、振り払われなかった。その代わり、戸惑った顔をしていたけれど。  視線がウロウロ彷徨うお母さんを真正面から見つめて、私は、胸の内からようやく掬いだした言葉を、告げた。 「愛は、私の家族なんだよ」  ナオヤくんが、そう言ってくれた。彼が、見つけ出してくれた思いだ。 「私は、悲しいよ」 「……あ……!」  お母さんの肩が、ぴくんと跳ねた。手の温もりと一緒に、伝わっただろうか。  ようやく、お母さんの方から私の目を見てくれた。そして、私の手からそろっと抜け出して、その両手で私の頬に触れた。何かを拭ってくれる温もりで、私は、自分も涙が伝っているんだって気付いた。  お母さんの両手をもう一度包んで、今度はそのまま、背中に腕を回した。  小さい。  子どもの頃に想像していたお母さんの背中より、ずっと小さい。こんなにもか弱い存在だったのかと、今更ながらに気付いた。 「お母さん……寂しいね」 「……ええ」 「愛が、いなくなっちゃった……」 「……そうね」 「お母さん……悲しいね」  お母さんは、答えなかった。その代わりに、肩口で頷く感触を何度も感じた。震える肩を包み込んでいると、更に大きな腕にお母さんと私、二人まるごと包み込まれた。見ると、お父さんに背中から抱きしめられていた。  私たちは、三人でいつまでも、一つの影を作っていた。今まで、できなかった分まで。  そんな私たちを包み込む星空が、お母さんの背中越しに、流れていくのが見える。冬の空が、春の空へと移り変わる。  ひときわ大きな一等星も、冬の大三角形も、みんな静かに地平線に沈んでいった。そして、また別の、煌めく星々が浮かんできたのだった。
/110ページ

最初のコメントを投稿しよう!

11人が本棚に入れています
本棚に追加