エピローグ プロトタイプ

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「え、ええぇ……」  まただ。加地くんと弓槻さんにかかると、何でも五倍速ぐらいで物事が進んでいく……。そう思っているのを読まれたのか、ナオヤくんはクスッと笑いながら言った。 「いいんじゃないですか? 僕とヒトミさんだけだと、すぐに停滞してしまいそうなので」 「まぁ……そうだね」  そう言うと、何故か弓槻さんはニヤニヤしながら私に近づいて、耳元で呟いた。 「こっちのリストは任せて。でもあっちのリストは……停滞させちゃダメだよ~」 「……え!?」  その真意を問いただすより先に、弓槻さんは大声でわざとらしく、叫んだ。 「あ! そうだ! じゃあこれからリストの追加項目をまた考えなきゃ~たくさん足さなきゃいけないから長丁場になるよ~お菓子とか飲み物とか~たくさん用意しないと」 「お菓子や飲み物ならありますよ。母が、集まるなら要るだろうと言って用意してくれたので」 「わぁ! 本当? ありがと~! 加地やん、取りに行こうよ」 「おう! ヒトミも行く?」 「二人で十分でしょうが……! 行くよ!」 「え? え? う、うん……?」  弓槻さんはそう言って、加地くんを引きずって行ってしまった。これは……またもや例の『後は若いお二人で』状態にされてしまった。  いきなり二人にされても困るんだけど……。そう、思っていると…… 「今のは、気を遣われたんでしょうか」 「え……うん、そうだね」  残された二人が二人ともそのことに気付いていると、余計に話しづらい……。だけどナオヤくんはまったく気に留めずに、言うのだ。 「せっかくなので、こちらのリストについて話しましょうか」  そう言って、弓槻さん曰くの『あっちのリスト』を開くナオヤくん。  残る項目は…… ・毎日おやすみを言い合う ・指輪を贈り合う ・キスをする 「これって……私たちにはまだまだ難易度が高いよ……」 「そう……でしょうか」  ナオヤくんは何てことない様子で、尋ね返した。 「この『毎日おやすみを言い合う』は今からでも始められます」 「そりゃそうかもしれないけど……『指輪を贈り合う』は?」 「指輪というだけなら……」 「たぶん、そういう意味じゃないと思う」 「では、ひとまず数年後ということにして……」  なんだかドキッとすることを言っているような……。だけどナオヤくんの指は、もっとドキッとすることを指し示した。 「『キスをする』……ですか」 「これが一番難しいような……」 「どうして?」  そう言うと、私が答えるより速く、その項目に線を引いてしまった。 「え!? なんで消すの……!?」  そう叫ぶ私の唇が、柔らかな温もりで塞がれた。視界いっぱいに、ナオヤくんの顔が広がる。  白い肌、さらさらの髪、長いまつげ、それに触れた箇所から感じる体温……すべてが、ナオヤくんだ。今、私のすべてが、ナオヤくん一色に染まっている。  頬に添えられた手のひらも優しくて、そっと自分の手のひらを重ねると、熱が全身にまで広がっていくようだった。 「……ね? 簡単でしょう?」 「……う、うん……でも、簡単て言うのは、ちょっと……」 「すみません」  イタズラっぽく笑うナオヤくんを、私は許してしまった。だって、嬉しかったから。  嬉しくて、添えられたままの手をそっと撫でて、その感触を手のひらに刻みつけようとする。すると…… 「お待たせー! よっしゃ、会議開始!」  両手一杯のお菓子を持って、満面の笑みの加地くんがやって来た。その後ろからは、ちょっと申し訳なさそうな顔の弓槻さんが着いてくる。  声が聞こえた瞬間にパッと離れた私たちは、平静を装いながらも、まだなんだか鼓動が速い。だけどそんなことすらも、なんだか愛おしく思うのだった。  これからも、そんな時間が続くのだから、お互いに笑顔を向けずにいられない。  そうして、私たちの実験の日々は続いた。  何度もリストを更新して、新しい項目を足して、達成して、また足して……その繰り返し。  楽しいことなら何度もやったし、新しいことも色々と試した。  残っていた項目について、ちょっとだけ伝えておくと…… ・指輪を贈り合う  これは、まぁ……数年後、とだけ言っておきます。 ・毎日おやすみを言い合う  これは、達成はできていない。だって、まだ継続中だから。10年経った今でも……。  実験は、まだまだ続けている。大人になっても、皆まだまだプロトタイプなんだって、言っている。  そして実験のために集まった時、私たちはどちらからともなく、その言葉を口にしていた。 「さぁ、今日は、何をしようか」
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