chapter2 『実験』の始まり

13/20
前へ
/110ページ
次へ
「ほい。深海も」 「……はい」  ナオヤくんは握手を求められて、握っていたレンゲを一旦置いて、それに応じた。  首を傾げて、何度も握手した手を見ている。また、尚也くんの記憶を検索しているんだろうか。彼だったら、どう反応したのか。  だけど加地くんはそういった事情を知らない。ただぼんやりしている人だと思ったらしい。肩を組んで、親密そうに語っている。 「今日あんま話できなくて残念だったよ。お前、なんか面白い奴だな」 「……どうも」  そう言われると、悪い気はしていないようだった。どちらかと言うと、尚也くんが誰かにそう言う側だったから、おかしな気がしているのかもしれない。 「だけどさ、さっき血圧測定してたのって天宮さんだけじゃん? 未測定の人はちょっと……あと持病のある人とかも、ご遠慮願いますよ」 「……そうですか。では、諦めた方がよさそうですね」  ナオヤくんは握りかけたレンゲを、すとんとテーブルに置いた。こころなしか、ものすごくしょんぼりしている。味見を止めたこっちが申し訳なくなるくらいに。 「あ、あ~……わかった。ちょっとだけ! ほんのちょび~っとだけなら、大丈夫……だと思う」 「『ほんのちょび~っと』とは、どれくらいですか?」  加地くんが二本の指で『ほんのちょび~っと』を作っていたけれど、もっと具体的に言って欲しいらしい。  最終的に加地くんがレンゲを動かして、先っちょに本当にちょび~っとだけ、ちょこんと載せた。つまみ食いよりも少ないくらいの量を。 「これくらいなら、健康に害はありませんか?」 「いや、まぁ人によるけど……たぶん」 「わかりました」  ナオヤくんは頷くなり、加地くんからレンゲを受け取り、ぱくっと口に放り込む。一切の迷いなく。 「っ!」  反射的に口を覆うナオヤくんに、私も加地くんも思わず駆け寄った。 「大丈夫か? 無理すんな」 「あの……飲み込めないなら、ここに吐き出して。見えないようにするから」  そう、口々に言ったのだけど、次の瞬間にナオヤくんから聞こえてきたのは…… 「美味しい……!」 「へ?」  わたしたちが 目を見合わせているのにも気付かずに、ナオヤくんはもう一口、すくっていた。さっきよりもちょっとだけ多い。 「美味しいです。舌がピリピリするところが刺激的で……」 「あ、そう……?」  普段辛いものは得意な方の私ですら音を上げた辛さなのに? しかもさっき、刺激の強いものは食べられないと言っていたのに? その口で『刺激的』と称賛するとはなんだか不可解だけど……美味しいのなら、いいのかな。そう、思わざるを得ない様子だった。  私が迷っている間にも、ナオヤくんは食べていた。私が一口でリタイヤしかかっていた料理を、次々頬張ろうとする。
/110ページ

最初のコメントを投稿しよう!

11人が本棚に入れています
本棚に追加