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chapter5 あなたたちとは違う
救急車が来て、あっという間に病院に運ばれて、大人たちがバタバタ走り回って……とても、慌ただしくて騒然としていた。
それなのに、私の耳は音を聞くことを忘れてしまったかのように、何も聞こえなかった。
何が起こったのか、理解したくなかった。
ナオヤくんが倒れて、苦しんでいるという事実を――
「ヒトミちゃん、大丈夫だから」
「ここで待たせてもらえるらしいぞ。深海の母さんも、もうすぐ来るって言ってたし」
弓槻さんたちにそう言われて、三人で手術室近くの待合室で待っていた。何もできず、何もせず、ただただじっと静かに、待っていた。
三人だけで寄り固まって小さくぽつんと座る待合室に人が入ってきたのは、ここに来てから三時間も経った頃だった。
「あなたたちは?」
そう尋ねたのは、ナオヤくんのお母さんだ。尋ねたものの、すぐに先日会ったことに気付いたみたいだった。
「学校のお友達よね。着いててくれてありがとう。ここからは私がついてるから、帰りなさい。もう遅いし……」
見れば、時計は19時を指していた。それに気付いた瞬間、リスト端末が着信を知らせた。正確には、私がそのことに気付いた。よく見ると、それまでにも着信が何度も入っている。そんなことにも、気付いていなかった。
もう帰らないと、お母さんが心配してしまう。お父さんも、おそらくは。
だけど、この場を離れる気には、到底なれなかった。
「おばさん、せめて手術が終わるまで、ここにいたらダメですか?」
加地くんが手を挙げて、そう言った。
両隣に座ってくれていた私も弓槻さんも、同意して、一緒に頭を下げた。
「おばさん……お願いします」
「終わるまででいいですから」
「その気持ちは嬉しいけど、あなた方のお家の方が心配なさるでしょう」
そう言われたけれど、私たちは頑として首を縦に振らなかった。おばさんは、根負けしたように「手術が終わるまでね」と言って、了承してくれた。
私たちは順番に待合室を抜けて、家にコールしに行った。さすがに連絡なしでこの時間まで帰らないのはマズい。そう思って。弓槻さんが行って、加地くんが行って、戻って来たところで私が行こうとした、その時だった。
急にドアが開いて、看護師さんが中を覗いた。
「深海尚也さんのご家族の方は……」
すぐに、お母さんが手を挙げた。看護師さんはお母さん一人に視線を向けて、言った。
「手術が終わりました。今は眠っているので会話はできませんが、落ち着いています。医師から説明がありますので、どうぞこちらに……」
そう言って、お母さんを案内しようとしている。お母さんは、私たちに振り返って帰るよう促した。
それが、約束だ。
私たちは同席はできないのだから、これ以上は居続けられない。
悔しい思いでいっぱいだけれど、私たちは病院を後にした。ただ、ナオヤくんが無事だったこと、それだけを喜ぶことにして。
病院は、学校から車で20分ほどの場所にある。タクシー乗り場もあるし、すぐ近くにバス停もある。なにより徒歩だと駅まで時間がかかるのだけど、私たちはゆったり歩くことにした。
何故だろう。時間が欲しかった。ゆっくり話す時間、そしてゆっくり頭の中を整理する時間が。
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