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弓槻さんは、まっすぐに私の目を見て、震えながらそう言った。私が怒りを堪えるのと同じくらい、勇気を持って、言ってくれているのだとわかる。
わかるけれど……
「どうして、お父さんの味方するの? そんな勝手なこと……二人は知らないかもしれないけど、私に影でいろって言ったのは、他でもないお父さんなんだよ? それを……」
「わかってる。お父さんの自己満足な部分がかなり大きいって思うよ。でも、ごめん……私自身が、ヒトミちゃんに日なたで前を向いて堂々と歩いてほしいって、ずっとずっと思ってたから……」
「『ずっと』って?」
弓槻さんと出会ったのは高校に入ってから、それも2年に進級してからのはずだ。つまり、たった数ヶ月程度のはず。『ずっとずっと』というには、短い気がする。でも弓槻さんは首を横に振って、否定した。
「知ってたよ、ヒトミちゃんのこと……中学の時から」
「……え!?」
驚きのあまり声が裏返って、道行く人が振り返った。だけどそれよりも、私がどこで弓槻さんと会っていたのか、記憶を探る方が優先だった。
結局わからずにいると、弓槻さんはクスッと笑った。
「わかんないよね。中学の時って、めっちゃ存在感薄かったから。今も大したことはないけどさ」
「そ、そんなこと……」
「まぁ今はともかく……中学の時、私は取り柄も何もなくて、誰かに話しかけるのも苦手で、とにかく邪魔にならないことだけ目標にしてたのね。そしたらさ、なんか私と同じような人がいるなぁって、気付いたの」
「それが、私?」
弓槻さんは、曖昧な笑みで応えた。
「成績いいし、スポーツもできるし、静かで大人しくて、でも気遣いができて……なのに誰とも友達になろうとしないし、目立とうともしない。存在感を消してるなって思った」
それは少し、違う。消していたんじゃなくて、私には存在感なんてなかっただけ。私は『影』で、愛より前に出てはいけないから。
ずっと、そう言われていたから。
「クールなのかなって思ってた。クラスの人よりずっと大人で、きっと周りがお子様に見えて、仲良くなんてできないんだなって……でもね、転機っていうのかな? そういうのが、来たの」
「そんな目立つこと、何かあった?」
「体育祭だよ。覚えてない?」
私は、首をフルフルと横に振った。弓槻さんは少し寂しそうに「そうかー」と苦笑いしている。
「ヒトミちゃん、当然走るのも速かったから、自然にリレーの強化選手に入ってたじゃない? で、アンカーだったわけだけど、よりによって前の走者が転んじゃって、ヒトミちゃんのチームが最下位になってたの。だけど、なんとかバトンを繋いだらさ……ヒトミちゃん、もう速いのなんのって」
「……え、そうだっけ?」
「そうだよ。他のチームも観客も、全員、びっくりして声も出なかった。だいぶ引き離された最下位だったのに、ヒトミちゃんが走り出すと、ぐんぐん距離が縮まっていくんだよ。本当、ごぼう抜きで……あっという間にトップでゴールしちゃったんだよ。忘れた?」
完全に、忘れていた。たぶん、その頃は愛の容態が常に気になっていて、リレーの件は頼まれて仕方なく引き受けただけのお仕事程度にしか考えていなかったんだと思う。
だけど、弓槻さんは覚えていた。
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