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「凄かったんだよ、ヒトミちゃん。チームの垣根とか全部超えて、皆が褒め称えてた。本当に、キラキラ輝いてた。だけど、ヒトミちゃんは歓声なんてまるで聞こえてないみたいで……たった一人しか見てなかった。観客席にいた、同じ顔の女の子のことしか」
「……あ!」
おそらく愛だ。その頃は療養施設にいて、体育祭の時に外出許可を貰って来ていたんだ。だから、周りの歓声どころじゃなかったんだ。
なんとなく覚えている。あの時、ゴールした私を、愛が観客席から凄い凄いって褒めてくれて……それが、とっても嬉しかった。
「あの時に、わかったの。ヒトミちゃんはあの女の子のために生きてるんだって。そのために、自分を殺してるんだって。その後、お姉さんが亡くなって、それが実はオリジナルでって聞いて……悔しくて」
「悔しい? なんで?」
「わからない? ヒトミちゃんはね、凄い人なんだよ。今既に、すっごく光り輝いてる人なの。それが『クローン』だっていう、ただそれだけの理由で、日影にいなきゃいけない。影になりきらなきゃいけないなんてさ……おかしいじゃない」
弓槻さんの叫びは、空に響いた。行き交う車の音と混ざり合ってもまだ余韻が残る。
「……その、体を鍛えてたのも全部、影になりきるのに必要なことだったから……」
「でも今はもう、いいじゃない。これ以上、誰の影にいるの? オリジナルの人は、もう……!」
それ以上言おうとする弓槻さんを、私は止めた。今度は私がぎゅっと手を握って、その目をまっすぐに見つめて。
「それ以上は、言わないで。お願いだから」
弓槻さんは、言うのを、やめてくれた。その代わり、悔しそうに別のことを話した。
「私、ずっとヒトミちゃんと話したかった。たぶん……憧れてた。でも声を掛ける勇気がなくて、遠く離れた高校まで、ついてきちゃった……とんだストーカーだね」
「ううん。そんなこと、思わない。ありがとう」
「……深海くんが転校してきた次の日、ヒトミちゃん、すごく楽しそうだった。初めて見る顔で……すごく良かったなって思って、同時になんだか悔しくて……それで、無理矢理声かけちゃった」
「そのおかげで、毎日すごく、楽しいよ」
「そっか……私、ちょっとは役に立てたんだ。良かった……!」
弓槻さんは、堪えきれないように、涙を溢れさせて、そのままうずくまってしまった。
私に見せていた明るさが、過去の私と繋がっていたなんて、知らなかった。愛しか見えていなかった私を、見ていてくれた人がいたんだ。
私は、幸せだったんだ。そう、気付いた。
「……俺も、ヒトミの父さんと弓槻に、賛成」
弓槻さんの嗚咽の合間を縫って、加地くんもまた、手を挙げてそう言った。
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