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「愛が……私にとって?」
ナオヤくんは静かに頷いて見せる。
聞いていいよ、と言った手前答えないといけない。だけど、言葉が浮かばなかった。
そんなこと、考えるまでもない。そう思って来た。だけどいざ聞かれてみると、わからない。考えてこなかったのだと、わかった。
戸惑う私に、ナオヤくんから言葉が重ねられる。
「『姉』ですか? それとも『もう一人の自分』でしょうか?」
「……どっちでもあるし、どっちでもない……でも、じゃあ……あれ?」
私が答えあぐねていると、唐突にナオヤくんまでが、その答えを口にした。
「僕にとって『尚也』は、完成体……いや、見本です」
「見本?」
「授業なんかで何かものを作るとき、先生が見本になる完成品を見せてくれますよね。あれと同じです」
戸惑いながら曖昧な返事を返す私に、ナオヤくんは続けた。
「僕にとっては、いつまでたっても近づけない見本そのものです。だけど、それでも僕は投げ出してはならないんです」
「……うん」
あの時言っていたことと、同じだ。だからそれ以上はもう言う必要はない、と押しとどめた。
「初めて会った時から、本当はそんな気はしていました。だけど先日、お父さんから連絡をもらって、確信したんです」
「……何を?」
「あなたは、愛さんにはなれない。そうする必要もない人だ。何故なら、愛さんはあなたの見本でも完成体でもない。家族だから」
――かぞく
その一言が、急に、頭の中に刻まれた。そして一瞬のうちに、体の中を駆け巡っていく。
「家族とは、限りなく近しい別個体だ。心の底から愛して、存在を受け入れることはできても、その人自身になれるわけじゃない」
「じ、じゃあ……私はどうすれば……」
「『天宮ヒトミ』でいて、いいんです。僕と違って、あなたは愛さんの死を悲しんで、ご両親と悲しみを分かち合うことができるんです。いや、そうするべきだ」
「そんなの、今更……」
無理だ、と言おうとした。だけど、阻まれた。ナオヤくんは私の手を握って、離さなかった。
「あなたは、あんな『実験』をする必要はなかったんだ。あれは、僕一人だけでよかった。あなたを巻き込んでしまって、すみません」
か細い声でそう言うと、白くて細い手が、離れていった。
「あの時、あなたに怒鳴った理由は、以上です。僕こそ身勝手で申し訳ない。軽蔑されても、仕方がない」
今にも消え入りそうな声で、ナオヤくんは言う。そんな声にいたたまれず……気付けば、私はするすると離れていく手を、もう一度掴んでいた。
「まだ、私が聞いてない」
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