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おばさんは、病室に顔を出すことなく、そのまま駐車場に向かった。ナオヤくんはお母さんが来ていたことを知らないままだ。
だけど、おばさんは急いでいる風もなく、車を走らせている。
「あの、家は……」
「わかってる。さっきの道を曲がった方がいいんでしょう。場所ならわかってるから」
やっぱり、と思った。
あれだけ私たちに厳しい視線を向けていた人だ。きっと友人関係もきちんと調べて、把握しているんだろうと思った。
お父さんですら、やっていたことだ。
「ごめんなさいね。親馬鹿でも卑怯でも、何でも言ってくれていいわ。ただ……今は、少しだけ話に付き合ってほしいの」
それは、きっとナオヤくんに関することだ。私に頼む声が、最後に少し詰まっていた。
何かの、覚悟を感じる声だった。
私はただ、車の向かう先へと従った。おばさんも、私も、何も話そうとしなかったから、車の中は静かだった。
気付けば、さっきのナオヤくんの顔が頭の中に浮かんでいた。
泣きそうな顔だった。
心配していたはずなのに、また傷つけてしまった。謝らせて、もらえるんだろうか。
そんなことを考えていると、車は停止した。見るとおばさんはシートベルトを外している。
慌てて同じようにして外に出ると、思わず目を瞑ってしまった。視界いっぱいの夕焼けに、瞼が焼かれそうだった。
真っ赤な日差しを少しずつ受け入れて、目を開けると、そこは見覚えのある風景が広がっていた。大きな空と、大きな海。そしてそれらを繋ぎ止めるように、大きなヨットがいくつもゆらゆら揺れている。海の手前には広い広い自然公園。まだ、かろうじて人が行き来している。
ナオヤくんと、出会った公園だ。
夕焼けと、その色に染められた海を眺められる東屋に入って、どちらともなく腰掛けた。水面が、ルビーを散りばめたように輝いている中、声がした。
「昔、家族でよくここへ来たの」
おばさんは、ぽつりと呟いた。
「夫がヨットを持っていて、ナオヤもよく乗りたがった。あの子は、やんちゃですぐ走り回って……危なっかしいったらなかった」
「……そう、でしたね」
「あなたは、尚也を知っているんだったわね」
「はい。私よりも、姉の方が仲が良かったですけど」
「愛さんね。あなたのオリジナルの……?」
「はい」
不思議と、隠そうとか、言いたくないとか、そんなことは思わなかった。おばさんの声音があまりにも堂々としていたからだろうか。
「さっき話していたことだけど……」
「さっき?」
「あなたと愛さん、それに尚也とナオヤについて話していたでしょう」
「……え、聞いて……!?」
病室は防音のはずなのに、廊下にいたおばさんに聞かれていたのか。
「私は母親よ。何かあった時の為に、室内の音声を聞く許可を得ているの。申し訳ないけど、さっきの会話は聞かせてもらったわ」
「え、ええぇ……あの、すみません……」
おばさんは静かに、首を横に振った。
「こちらこそ、ごめんなさいね。要領を得ない話ばかりして」
どうやら、本当に全部聞かれていたらしい……。なんだか恥ずかしさと、申し訳なさとで、顔を向けられない。
おばさんもまた、私の方は見ず、海を眺めながら、告げた。
「でもね、確かにあの子は、あなたたちとは違うのよ」
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