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「ナオヤくんが言っていたことですね」
ナオヤくんは、その点だけ頑なだった。
「あの子、たぶん私が会話を聞いていることに気付いた上で、この話題に触れたんだわ。だけど、言えなかった。だから……続きは、私が代わりに話します」
それは、聞いてしまってもいいのだろうか。一瞬、迷ったけれど、私は頷いた。きっとナオヤくんは、話そうとしていた。だけど、最後の勇気が出なかった。それがどうしてなのか、聞かないと――
おばさんは、小さく深呼吸をして、語り始めた。
「ナオヤから事情は聞いているのよね? あの子が今、ここにいる経緯を」
「はい。その……オリジナルの深海尚也くんは……」
「そう。それが1年半前。ちょうど、ここに向かうために車を走らせて、事故に……」
おばさんの目尻に、うっすら光るものが滲んでいた。だけどすぐに拭って、凜とした声を発した。
「即死だった。病院に運ばれても、体を綺麗にするくらいしかできなくて……だけど、その時に思い出したの。尚也には、施設に預けた体細胞サンプルがあるって。すぐにNOAHに依頼したわ……息子を複製・再現して、とね」
「……それで、ナオヤくんが……?」
「ええ、そう。依頼してから一年後、私のもとにあの子は現れた。あなたのよく知る、あのナオヤよ」
私の中に、再びあの日のナオヤくんの姿が甦る。同時に、倒れる前に話していたことも。
「……帰ってきたあの子は、息子とは似ても似つかない無機質な人間だった。すぐにNOAHに問いただしたわ。そうしたら、こう言われた」
――たった一年で人間を作り出せるわけがないでしょう。我々は、できる限りの再現を試みました。その個体が、唯一の成功例です。
「『他のサンプルはすべて失敗して、破棄しました』……とも言われたわ」
おばさんが言われたというその言葉に、思わず、吐き気を覚えた。
『作り出す』?『個体』?『成功例』?『サンプル』?『失敗』? そして『破棄』?
それが、人間に対して使われる言葉なのか。
ナオヤくん自身、よくこの言葉を使っていた。だけどそれは自虐の意味合いが強かったように思う。きっと自分以外のクローンに対しては、そんなことは言わなかっただろう。
だけど、その人たちの言葉は、あまりにも冷たい。
おばさんはナオヤくんを無機質と言ったけれど、いったい、その人たちとどっちが無機質か。考えるまでもなく明らかだった。
「たぶん、私もその当時、あなたと同じような思いだったわ。だけど、それ以上は言えなかった。だって、彼ら以上に酷い仕打ちをしたのは、私なのだから」
「……酷い仕打ち……ですか?」
おばさんは一度俯いて、言葉を飲み込んでいた。
「それは……他のクローンに、ということですか?」
そう尋ねると、おばさんは俯いたまま、首を横に振った。どういう意味だろう。まさか、ナオヤくん自身にも、まだ何かあるんだろうか。
「尚也のことを、覚えているでしょう? とても元気で、活発で、体も丈夫だった」
「はい。なんていうか……ヒーローでした」
「でも、ナオヤは……わかっていると思うけど、病弱なの。あらゆる臓器が不全気味で、筋力も骨も弱い。それに加えて、脳に人の倍以上の負荷をかけている」
不思議に思わなかったわけじゃない。深海くんはあれだけ元気だったのに、と。別荘の管理人の時田さんも驚いていた。
だけど同時に、病弱な愛に対して頑丈な私という例もあるから、あり得ない話ではないと、無理矢理納得していた。
よく考えれば、そんなはずがないじゃないか。息子の復元を望んだおばさんが、オリジナルと同じことをするななんて言うはずがない。させないなら、何か重大な理由がある。
嫌な予感が、次々湧いてくる。聞きたくないという思いと、聞かねばという思いがせめぎ合う。
そんな中、おばさんが意を決した面持ちで、顔を上げた。
「あの子は……ナオヤは、過度な成長促進と、過激なラーニングを施された。その結果、通常の15倍もの速度で成長した。そして今もずっと、同じ速度で成長を続けているの」
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