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たくさんある。たぶん、これからのナオヤくんに必要なものが、揃っている。
その意図するところをすぐには理解できなくて、私たちは揃っておばさんの方を見た。おばさんは目尻に滲んでいたものを拭い去って、凜とした空気を纏い直して、言った。
「あなたは、色々な治療を受ける必要があるわ。この病院と、提携している他の専門医院にも話を聞いて、いくつかプランをまとめてもらったの。それらを試行しながら、もう一つ……やることがある」
「もう一つ?」
「尚也の、お葬式をしましょう」
それはつまり、深海尚也くんの死を公表するということ。表向きはナオヤくんが『深海尚也』ということになっているから、ナオヤくんの立場が揺らぐということになるのだけど……
「そして、あなたの個人籍を登録しましょう」
「僕の……籍? でも、生まれ年など、色々と齟齬が……」
「そこはまだ相談中。だけど絶対にやり遂げるから。それこそ金に物を言わせてでも、罪に問われたとしても。あなたの存在を、この世界にきちんと証明してみせる。どうか信じて。あなたの母親からの命令……いえ、お願いよ」
「母親……?」
「そうよ。嫌?」
ナオヤくんは、ふるふると首を横に振った。だけど、真正面から顔を見られないみたいだった。
「あの日……僕が初めて『帰宅』した、あの時……あなたは僕を見て喜んでいた。でも話してみると驚いて、そして失望していた。憤ってすらいた……あの時、自分には『尚也』である資格がないのだと、思いました。それなのに、あなたは僕の母親でいてくれるんですか?」
尚也くんのそんな問いかけを聞いて、おばさんはまた涙を浮かべていた。そして、たまらない、というように尚也くんを抱きしめていた。
尚也くんも、そろそろと、抱きしめ返している。
「酷い母親で、ごめんなさい」
「僕こそ、できそこないの息子ですみません」
「……尚也だってダメなところはたくさんあったもの。似たようなものよ」
「じゃあ、お母さんも」
「……そうね。お互いに、これから……よね」
二人は、きつく抱きしめあっていた。目尻から零れた涙がお互いの肩口を濡らしていたけれど、どちらもそんなこと、少しも気にしていない。お互いの涙を、受け止め合っていた。
ナオヤくんの片方の手は、私と繋いだまま。涙が溢れるにつれて、手に籠もる力も、強くなった。
その手を握っているだけで、私まで、胸の奥に降り積もった冷たい雪が、じんわり溶けていくようだった。
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