chapter6 約束

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 家に戻って、すぐに二階へ向かう。自分の部屋じゃない。その手前、家の中で唯一ロックがかかるようになっている、その部屋の前に私は立った。  小さく深呼吸をして、ドアを見つめる。  中から音は聞こえない。中にいる人にも、何も聞こえない。  私の、決心次第だ。  朝、今日は早く戻ると言っていた。さっきお母さんに聞いたら、もう帰ってきていると言っていた。  このドアの向こう側に、お父さんはいる。  小刻みに震える手を押さえながら、私は、ドアロックのボタンを押した。そして…… 「ヒトミです」  はっきりと、そう告げた。  返事は聞こえない。その代わり、すぐさまロックは解除され、ドアが開いた。  中にいる人は……お父さんは、室内で唯一の椅子に座って、こちらを見ていた。 「どうした?」 「お父さん、お話ししたいことがあります」  そう言うと、お父さんは立ち上がり、モニターに映し出していた映画を停止させた。灯りを点けて、もう一脚、椅子を探してくれる。  だけど、今必要なのは、そうじゃない。 「突然、ごめんなさい」 「いや、いい。何か言いたいことが、あるんだろ」  覚悟していた、と言いたげな声だ。しおらしいような声が、なんだか釈然としない。だけどそれも違う。私が今、一番言いたいのは…… 「お父さん、私は……お父さんにとって、何ですか?」  お父さんは、一瞬だけ驚いたような目をした。だけど、それすら予測していたように、すぐに元のお父さんの顔に戻った。 「お前は、お母さんと俺にとって、大事な娘だ。愛と同じくらいに」 「ごめんなさい……とても信じられません」  お父さんは、何も言い返さない。言い募ろうともしない。ただ、黙って私の言葉の続きを、待っていた。 「私の名前が、どうして『ヒトミ』なのか、ちゃんと知ってます。私は……クローン生成管理番号AS655138-1103。その下四桁をとって、1()10()3()……そう、お父さんがつけたんですよね」 「……ああ」 「愛のことは心配ですぐ抱き上げていたけど、私には早く歩けるようになれって言って、一度も抱っこしてくれたことはなかった」 「……そうだな」 「3歳か、4歳の頃……お父さんは、私に言いましたね」  ――お前は、愛の妹じゃない。愛に何かあったら、腕や足、体のどれでも愛にあげる……そのために、生まれたんだよ。  そして、困惑する私に、更に言ったのだ。 ――愛のこと、大好きだろう? なら、愛が困ったときは必ず自分の体を全部使って、助けてあげてくれ  幼い私に、『身の程』というものをたたき込んだ言葉だった。 「それは……許してくれとは言わない。だが、今はもう……」 「だって……肝心の愛は、もういませんからね」  思わず棘にまみれた言葉が飛び出た。
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