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家に戻って、すぐに二階へ向かう。自分の部屋じゃない。その手前、家の中で唯一ロックがかかるようになっている、その部屋の前に私は立った。
小さく深呼吸をして、ドアを見つめる。
中から音は聞こえない。中にいる人にも、何も聞こえない。
私の、決心次第だ。
朝、今日は早く戻ると言っていた。さっきお母さんに聞いたら、もう帰ってきていると言っていた。
このドアの向こう側に、お父さんはいる。
小刻みに震える手を押さえながら、私は、ドアロックのボタンを押した。そして……
「ヒトミです」
はっきりと、そう告げた。
返事は聞こえない。その代わり、すぐさまロックは解除され、ドアが開いた。
中にいる人は……お父さんは、室内で唯一の椅子に座って、こちらを見ていた。
「どうした?」
「お父さん、お話ししたいことがあります」
そう言うと、お父さんは立ち上がり、モニターに映し出していた映画を停止させた。灯りを点けて、もう一脚、椅子を探してくれる。
だけど、今必要なのは、そうじゃない。
「突然、ごめんなさい」
「いや、いい。何か言いたいことが、あるんだろ」
覚悟していた、と言いたげな声だ。しおらしいような声が、なんだか釈然としない。だけどそれも違う。私が今、一番言いたいのは……
「お父さん、私は……お父さんにとって、何ですか?」
お父さんは、一瞬だけ驚いたような目をした。だけど、それすら予測していたように、すぐに元のお父さんの顔に戻った。
「お前は、お母さんと俺にとって、大事な娘だ。愛と同じくらいに」
「ごめんなさい……とても信じられません」
お父さんは、何も言い返さない。言い募ろうともしない。ただ、黙って私の言葉の続きを、待っていた。
「私の名前が、どうして『ヒトミ』なのか、ちゃんと知ってます。私は……クローン生成管理番号AS655138-1103。その下四桁をとって、1103……そう、お父さんがつけたんですよね」
「……ああ」
「愛のことは心配ですぐ抱き上げていたけど、私には早く歩けるようになれって言って、一度も抱っこしてくれたことはなかった」
「……そうだな」
「3歳か、4歳の頃……お父さんは、私に言いましたね」
――お前は、愛の妹じゃない。愛に何かあったら、腕や足、体のどれでも愛にあげる……そのために、生まれたんだよ。
そして、困惑する私に、更に言ったのだ。
――愛のこと、大好きだろう? なら、愛が困ったときは必ず自分の体を全部使って、助けてあげてくれ
幼い私に、『身の程』というものをたたき込んだ言葉だった。
「それは……許してくれとは言わない。だが、今はもう……」
「だって……肝心の愛は、もういませんからね」
思わず棘にまみれた言葉が飛び出た。
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