chapter6 約束

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 私がそんな口をきくなんて思ってもみなかったんだろう。お父さんは、心底驚いた顔をしていた。 「それだけじゃない。私たちが小学校に上がった年に、クローンに関する法が一斉改訂されましたね」 『実子登録されたクローン体は、何人もオリジナル体と同等に扱われる権利を有する』 『実子登録されたクローン体からのオリジナル体への臓器、四肢、皮膚、細胞等一切の身体譲渡を認めない』  そう、はっきりと法令に刻まれた。この年、私たちクローンの運命が変わったのは、言うまでもない。もちろん、クローンを生成した人間にとっても、それは同じ。 「あの時のお父さんの悔しそうな顔……覚えています。『馬鹿な』『何のために』……そう言っていたのも」 「そ、それは違……いや、違わないな」  肩を落とすお父さんは、いつもよりほんの少し小さな印象になった。  大きな人だと思ってた。私の運命を決める人。逆らえない人。超えられない壁となる人。そう、思ってきた。  それなのに、今は、私を言い負かすこともできずにいる。それを、不思議と心地よいとは、思わなかった。何故かわからないけれど、胸のもやもやは全然晴れない。 「お母さんは……愛がいなくなったことに耐えられなくて、私を愛だって思い込もうとしてる」 「ああ」 「お父さんも、そうですよね。愛がいなくなって悲しい。だから……愛の代わりに私を可愛がろうとしてる」  お父さんは、ピクリと動いたけれど、それ以上は何もしなかった。 「だから私、言いに来ました。私は、愛じゃない」 「……わかっている」 「愛にはなれない。愛の模造品にも、お人形にも、何にもなれない。愛の代わりになってあげることは、できません。それがもし気に入らなければ……生み出した価値がないって思うなら、追い出してもらって構いません」 「何を言ってるんだ。そんなこと、しないよ」 「でもお父さんにとっては、私はもう……」 「するわけないだろうが、そんなこと!!」  怒鳴り声と一緒に、机を叩く音が響いた。室外には聞こえない分。部屋の中で反芻して、より大きな音となっている。 「親が、子どもを、追い出すなど……するはずがない。しないんだよ、親なんだから」  今度は、私が驚く番だった。  お父さんは、息を切らせて、震えながら、そう告げた。
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