chapter6 約束

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「……怒鳴って悪かった。座りなさい」  そう言って、お父さんは椅子を勧めてくれた。私に座らせると、自分は部屋の中の一角にしゃがみ込んで、何かを探している。  やがて小さな箱を取り出したかと思うと、中から記録チップをいくつか手にした。それを壁の端末に読み込ませて、モニタに表示させた。  映し出されたのは、どこかの学校だ。小学生くらいの子どもが、体操服で走り回っている。たぶん運動会だ。たくさんの小学生が順番に四人ずつ並んで走って行く。流れるように走って行く子どもたちを、カメラは定点で捉えて見ている。だけど次の走者がスタートラインに立つと、変わった。  スタートの位置にカメラを向け、たった一人に焦点を当てている。その、一人は…… 『行け! ヒトミ!』  画面の外から、声が聞こえた。叫んでいるのは誰だろう。そう思ったのも一瞬のこと。すぐに、その声に思い至った。 「愛……!」 『ヒトミ! 頑張れー! あとちょっと……やったぁ! 一位だよ、凄いよ凄い!』  声と共に、画面が上下に大きく揺れる。カメラの主がぴょんぴょん跳ねているせいだ。跳ねているのは、きっと愛だ。  思い出した。小学1年の時の運動会だ。愛は激しい運動は禁止されていたから、運動会の競技は私が二人分出場していたんだ。誰も、何も言わなかった。それが当然だという雰囲気だったのを覚えている。  映像の中でも、愛以外は何も言っていなかった。むしろはしゃぎすぎている愛を心配したり窘める声ばかり。  だけど、愛は何を言われてもやめなかった。 『私の分も徒競走、走ってくれるんだよ。……やった! また一位だ!』 『玉入れも凄い! 投げたら全部入ってる!』 『綱引きも勝った! ヒトミが引いたからだ!』  私が何か競技に出る度に応援して、勝てば跳ね回って喜ぶ。最初は冷めた反応だった周囲の子たちも、いつしか一緒に応援するようになっていた。 『頑張れ』の声が、一つ、二つと徐々に増えていく。 『見た? ヒトミ、一人で何人も抜いたよ! リレーでも一位だ!』 『凄いね! 愛ちゃんの妹』 『ヒトミだってば。ヒトミは本当に凄いんだからね!』  周囲の友達に、そう言っている。リレーが終わる頃には、誰もその言葉を否定しなくなっていた。そうだ、この頃から、愛の友達から無視されないことが増えたんだった。 「こんなことが、あったんだ……」 「ああ、あった。それも、一つじゃない」   お父さんはそう言うと、箱をひっくり返した。雪崩のように、チップの山が流れてくる。  リスト端末のメモリを外付けチップに移し替えたものだ。もしや、と思った。 「これ……もしかして全部?」 「ああ。愛のリスト端末に残っていた記録動画だ。お前のな」 「私の?」  信じられない、という声音でそう聞くと、お父さんは箱の蓋部分を見せた。何が入っているのか、インデックスシールが貼られていた。 『ヒトミ』……そう書かれていた。 「中には俺の端末で撮ったものもある。愛にせがまれてな」 「愛に……」  何度も目を瞬かせていると、お父さんはさっきのチップを取り出して、別のチップを読み込ませた。  映し出されたのは、愛――さっきの映像よりも大きくなった、中学生の頃の愛だ。
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