chapter6 約束

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 背景は、一面の星空。  愛が一番気に入っていた、冬の北半球の夜空を再現したドームスクリーンだ。春、夏、秋、冬……どの星空も好きだけど、冬が一番綺麗だと言っていた。  一番、空気が澄んでいて、星がたくさん見えるから――そう、星々と同じくらい目を輝かせて、言っていた。  そんな一番のお気に入りの空を背にして、愛はカメラに向かってニッコリと笑った。 『私は天宮愛です。14歳で……学校には行ってません。だけど友達はたくさんいます……たぶん』  そう、自分について語り出す。  私があの日、夕日を背に語っていたのと、同じように。 『好きな食べ物はミルフィーユ。趣味は星を見ること。星座や星の名前をたくさん知っています。得意教科は、古文と地学と美術。体育は……苦手です。将来の夢は……』  私が覚えて語ったことと同じことを、愛は語った。  良かった。私、ちゃんと愛を理解できていた。そう安心してしまったけれど、同時に不安になった。だって私は、そこから先を知らず、語れなかったから。  愛は、どう思っていたんだろう。いったいこの先、何をしたかったんだろう。その言葉を、私は待った。 『将来の夢……うーん……想像できないなぁ。私、大人になれるかわからないし』  そう、愛は困ったように言った。心臓が抉られるような衝撃が走った。  愛は、たぶんこの動画を撮ってからそれほど時を置かずに、旅立ってしまう。  自分の運命をわかっているかのような言い方だった。思わず息を呑むと、そのまま声まで喉の奥に置き去りにしてしまったかのように、何も、言えなくなった。  だけど愛は、映像の中の愛は、そんなことは何も知らない明るい笑顔で続けるのだった。 『私の将来はわからないから……じゃあ代わりに、ヒトミの将来を想像します!』 「……え」 『ヒトミはどうなってるかなぁ。高校では絶対に優等生だと思う。大学は、どうするのかな……何に一番興味持ってたかなぁ。とりあえず、ヒトミの凄いとこ挙げていくね。えーと……成績がすごく良い。どの教科もトップクラス。あと、走るのがすごく速い! 球技も上手いし、空手も柔道も合気道も全部強い。あとは……いつも皆に優しいし、誰か困ってたらこっそり助けてあげるヒーローだし。あ、女の子だからヒロインかな? 絵とか裁縫は……ちょっと苦手なんだった。でもヒトミならそのうち絶対上手になるだろうしなぁ。ピアノも上手いし、実は歌も上手いし……ふふ、こっそり部屋で歌ってたの、知ってるんだ。あの歌、私も好き。あと料理も上手! ヒトミが作ってくれたあっさり卵スープ、大好き。なんだ、ヒトミ何でもできるじゃない。じゃあ、なんにでもなれるね!』 ――なんにでもなれる  愛は、私のことをそう言った。確かに、言った。
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