(4)配達員、現れる

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「あんた、立永(たつなが)さんか?」  じっくりと確かめるように問う。  すると、配達員の男性は被っていた紺の帽子を取って頭を下げた。 「お久しぶりです。神里先生」  立永(たつなが)と呼ばれた男性が顔を上げると、神里は感激を露わにして笑みを浮かべた。 「そうか。やはり立永さんだったか」  嬉しさから、ポンポンと相手の肩を軽く叩く。照れくさそうに笑いながら、立永はもう一度小さく頭を下げた。 「その節は大変お世話になりました」 「いや、俺は大したことはしてないさ」 「とんでもない。先生には本当に良くして頂きました」 「いやあ、そんな……」  少し困ったように笑い、神里は頭を掻いた。 「それにしても、こんな形で再会するとはなあ」 「ええ。私も驚きました。配送先の宛名を見た時、もしやとは思ったのですが」 「今は配送業をやっているのかい?」 「はい。3年ほど前から個人経営で細々とやらせてもらってます」 「そうだったか。……頑張ってらっしゃるんだなあ」 「はは。今の私には守るべきものがありますから」 「……そうか。それは何よりだ」  しみじみと、思いを噛み締めるように神里は言う。  それを受けて、立永は少しばかり目を伏せた。  俄かに沈黙が流れる。  気を取り直すようにして、神里が軽い調子で話しかけた。 「それにしても、世間は狭いようで広いな。  こっちで配送の仕事をしてたのに今日まで会うことが無かったなんて」 「普段は、この区域はうちの若いのに行ってもらってましたから」 「ほう。従業員もいるのか」 「ええ。1人だけですがね、ちょっと縁がありまして。  ただ、今日は体調が悪いとかで早退してしまいましてね。  それで、私が代わりこの区域の配送をしていたら、  先生にお会いすることが出来たんだから、世の中ってのは不思議なもんです」 「そうか。変な言い方になるが、ある意味その若い従業員が  引き合わせてくれたようなもんだな」 「はは、そうかも知れませんね」  立永が軽く笑う。  それから、脱いでいた帽子を再び被った。 「では、私はこれで。まだ仕事が残ってますから」 「ああ、ご苦労さん。会えて良かった」 「こちらこそ」  互いに笑顔で握手を交わす。  もう一度小さく頭を下げて、立永は立ち去っていった。
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