(5)教授、昔話をする

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「犯人たちがアルバイト帰りの大悟くんを見かけたのは偶然だった。  だが、連中は彼を見て無性に腹が立ったんだとよ」 「何の関係も無い赤の他人なのに?」 「よくよく話を聞けば、その原因は彼が『幸せそうに見えたから』だったらしい」 「立永大悟さんは良い家庭に恵まれていたから、そう見えたんでしょうか」 「そうだろうな。滲み出るものがあったのかも知れん。  それともう一つ、彼が幸せそうにしていたのには大きな理由がある」 「何ですか?」 「大悟くんはその日、父親の為にプレゼントを買っていたんだ。  次の日が立永さんの誕生日だったからな。  それで、父親が喜ぶ顔を想像してウキウキしていたんだろう」 「その様子が、犯人たちの苛立ちを誘発してしまった?」 「ああ。そんなところだ。  後に、大悟くんの所持品の中から綺麗にラッピングされた箱が発見された。  その中には、彼が父親に渡すはずだった腕時計が入っていた」 「アルバイトをして、自分で稼いだお金で買ったものだったんですね」 「そうだろうな。  尤も、彼がアルバイトを始めたのは家計を支える為だったんだが」 「そうなんですか」 「ああ。立永さんは元々、祖父の代から続けていた酒屋を営んでいた。  個人経営の地域に密着した小さな酒屋を夫婦で切り盛りしてたんだ。  誠実に商売をしていたが、決して裕福ってわけではなかった。  それで、息子の大悟くんは少しでも家計の足しになるようにって  高校に入ってからアルバイトをしてたんだ」 「優しい人だったんですね」 「ああ。そんな子が、不尽な形で命を奪われるなんてあってはならねえんだ」 「そうですね」  神里の言葉に藤本も深く頷く。氷が溶けて薄くなったウイスキーを、神里は一気に飲み干した。 「そういうわけで、この事件で俺は立永さん夫妻と縁ができたわけだ。  大切な息子を喪って悲嘆に暮れていた立永さんの話を聞いたり、  良いカウンセラーを紹介したりしてな。  何とか手助けをしてやりたかったんだが……」  言いながら、神里は目を伏せる。 「奥さんの方が先に参ってしまってな。  体調を悪くして入院するまでになった。  それでも、立永さんは耐え続けた。  一人で店を切り盛りして奥さんを支えた」 「本人も辛かったでしょうに」 「そうだな。それでも、守るものがある限り、立永さんは耐え続けたんだ。  事情を知ってる近所の人らも、親身になって立永さんに接していた。  俺も、月に1回か2回はあの人の店に行って  様子を見たり酒を買ったりするようにしてた」  空っぽになったグラスに新たにウイスキーを注ぐ。
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