(12)教授、懇願される

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「先生」 「何だ」 「大丈夫なんですか?」 「何がだ」 「あんなお願いを受けてしまって」 「仕方ねえだろう。あそこまで懇願されちまったらよ」 「ですが、もし立永さんが望むような結果が出なかったら?」 「その時はその時だ。今はとにかく真実を求めるしかない」 「そうですね。分かりました」  頷いて、藤本はテーブルの上を片付け始めた。  すっかりぬるくなってしまった残りのハーブティーに口を付けつつ、神里は呟く。 「蒲生温人(がもうはると)……昨日、千波たちが行方を追っていた殺人犯だな」 「立永さんの手前、まだ容疑者としておきましょう」 「そうだな。さて、どうしたものか」  腕を組み、神里は考える。 「立永さんの話を聞く限り、確かに蒲生温人は殺人を犯すような人間に思えない。  しかし、犯行現場には彼の指紋があった。その上、逃亡を図った。  これじゃあ、警察としては蒲生温人を犯人だと決めて捜査を進めるのは当然だ。  今頃は本人の自供を交えつつ、更なる証拠固めをしているだろうな」 「そこから覆せますか?」 「状況による。これが紛れもない事実ならどうしようもない。  だが、もし異なる事実が他にあるのなら……何とかなるかも知れない」 「異なる事実、ですか」 「警察側が蒲生温人を犯人だと思ってるのなら、俺たちはその逆を行こう。  蒲生温人が犯人ではないという前提で事件を見るんだ」 「なるほど」 「それで真犯人が炙りだされるのが一番望ましいが、  とりあえずは蒲生温人が犯人ではない証拠を見つける。それだけで充分だ」 「証拠ですか」 「犯行現場には居たが、比橋尚真の殺害はやっていない……それを証明する何か」 「あ、そうだ」  片付けの手を止めて藤本が顔を上げる。 「どうした?」 「さっきのやり取りの中で、一つ気になったことが」 「何だ?」 「警察の、立永さんへの対応について」 「ああ……」  神里は頷いた。そして藤本の意見に耳を傾ける。 「警察が立永さんに事件のことを殆ど何も教えていない、  というのが引っ掛かりました」 「そうだな」 「あの時、先生もちょっと気にしてましたよね」 「まあな」 「立永さんは事件の被害者の名前も知らされていないという話でした」 「ああ、そうだな。捜査中だから教えられないって話だった」 「普通なら、動機の解明の為にも殺害された比橋尚真のことを話して、  蒲生さんとの関係性について尋ねるんじゃないかと思うのですが」 「確かにな。俺もそこは気になった」 「警察が立永さんに対して情報を伏せているのは何か意図があってのことなのか、  それともただの部外者と判断してのことなのか……」 「現時点では分からねえな」  残り僅かになっていたハーブティーを一気に飲み干す。  下の方に溜まっていた蜂蜜の甘みが神里の脳を活性化させた。 「よし、それじゃあ当局に聞いてみるか」  神里は勢いよく立ち上がる。そして、藤本の方に顔を向けた。 「今から警察署に行くぞ。藤本、準備をしろ」 「はい、分かりました」  唐突な提案だったが藤本は冷静に頷き、従った。
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