(13)教授、気付いてしまう

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「あの人は……」  神里がその女性を凝視する。  50代半ばぐらいのはずだが、やつれ果てたその姿は実年齢よりもずっと老けこんで見えた。  そんな彼女の隣には30歳前後ぐらいの女性が居た。  雰囲気からして、彼女たちは母娘だろう。  人目も憚らず泣きじゃくる母親の背を娘がさすり、懸命に宥めているようだった。 「あの人たちは比橋尚真の遺族、母親と姉ですね」 「比橋尚真の?」 「はい。遺体の本人確認の為に呼んだんです。  いきなり警察に呼び出されて、殺害された息子の遺体と対面したわけですから、  母親としてはあれぐらい嘆くのも当然ですね」  淡々と説明する千波の横で、神里は尚も件の母娘を凝視する。  その顔は険しく、これでもかというぐらいに眉を顰めていた。 「なんてこった……!」 そう小さく呟いたのを、藤本は聞き逃さなかった。 「先生?」  訝しい顔をする藤本を片手で制し、神里は改めて千波の方を見た。 「千波刑事、忙しいところを邪魔してすまなかった。俺たちはこれで失礼する」 「え? まだお話の途中だったのでは?」 「構わん。お前さんは仕事に戻ってくれて良い」 「そうですか。では、失礼します」  神里の態度に首を傾げながらも、千波は大人しく引き下がった。  そして、捜査に戻るべく署の奥へと消える。  その背中を見届けてから、藤本は神里に問うた。 「先生、千波さんの話を最後まで聞かなくて良かったんですか?」 「ああ。もう充分だ」 「でも、当初の目的だった立永さんについての話も聞けてないですよ?」  そう。そもそも彼らが警察署を訪れたのは、警察の立永留一への対応に疑問を感じたからだった。  蒲生温人の職場の上司である彼に、事件の詳細について殆ど何も教えていない。  それはなぜなのか?  警察側の意図を確認する為に、彼らはここに来たのだ。  だが、その目的を果たさない内に神里は千波との話を打ち切った。
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