(3)教授、文句を言う

1/1
前へ
/48ページ
次へ

(3)教授、文句を言う

 本だらけの部屋の中に生姜の香りが漂う。  次いで広がるのはごま油の豊かな風味。  テーブルの上では、山盛りの唐揚げが湯気を立てていた。大きくぶつ切りにされた肉は狐色の衣に覆われている。その上から遠慮なく歯を立てて、豪快に噛み千切る。ザクッ、ザクッとと固い音を立てながら神里は唐揚げにかぶり付いた。溢れる肉汁ごと噛み締めながら、じっくりと味わう。 「悪くない」  それが神里の第一声だった。 「衣のザクザクっぷりは申し分無い。  生姜も、本物をちゃんとすり下ろしているのは好印象だ。  中の肉はやや硬いがジューシーさはちゃんとある。まあ良いだろう」  言いながら神里は次々に唐揚げを口に運ぶ。  更に、炊き立ての白ご飯もかき込む。  来客用のソファとコーヒーテーブルがある応接スペースにて、神里は昼食をとっていた。 「総じて85点といったところか。おかわり」 「はいはい」  早くも空っぽになったお椀を受け取り、藤本は炊飯器のご飯をよそう。その間も神里は箸を止めない。 「この唐揚げ、美味いのは美味いんだが足りないものがある。分かるか?」 「漬けダレにお酒を使わなかったことですか」 「そう。それだ。だが、使うべきはその辺の料理酒じゃねえ、ウイスキーだ」  ほかほかの白ご飯が乗ったお椀を受け取りながら、神里が話を続ける。そして、唐揚げに箸を伸ばす。 「前に言ったことがあるだろう。  唐揚げの漬けダレにはウイスキーを使うべきなんだ。アレは最高に美味い。  次はウイスキーを使って作れ。いいな」 「ですが、学内はアルコール類の持ち出しは禁じられてますよ」 「バレなきゃ良いだろ」 「先生の立場の人がそういうことを言わないで下さい」 「構内でこっそりビールなり酎ハイなり飲んでる奴なんていくらでも居るぞ」 「そういう問題じゃないと思います」 「面倒な奴だな。既存のルールに囚われたままだと人生を謳歌できねえぞ」 「急に話が大きくなりましたね」 「ああ、俺はスケールの大きい男だからな」 「何言ってだこいつ」  めちゃくちゃを言う神里に呆れつつ、藤本は小さくため息をつく。そんな彼に向かって神里が更に声を掛けた。 「ところでお前さん、いつまでそこに突っ立ってるつもりだ?」 「はい?」  藤本が怪訝な顔で首を傾げる。彼は神里の要望に応えられるように立っていたのだが…… 「昼飯の時間なんだ。お前さんも自分の皿を持ってこい。  さすがの俺も、この量を一人では食い切れねえからよ」 「え? あ、はい」 「お前さん、普段から碌なもん食ってねえだろう。  せっかくの機会だ。たんと食えよ」 「あ、ありがとうございます」 「ああそうだ。キッチンに行くなら、ついでに味噌汁も持ってきてくれ。  やっぱり、あれが無いと締まらねえからな」 「はいはい、分かりました」  神里に言われるがまま藤本はキッチンスペースへと向かう。 「全く、人使いが荒いなあ」  そうぼやきつつも、その顔にはうっすらと笑みが浮かんでいた。
/48ページ

最初のコメントを投稿しよう!

21人が本棚に入れています
本棚に追加