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(3)教授、文句を言う
本だらけの部屋の中に生姜の香りが漂う。
次いで広がるのはごま油の豊かな風味。
テーブルの上では、山盛りの唐揚げが湯気を立てていた。大きくぶつ切りにされた肉は狐色の衣に覆われている。その上から遠慮なく歯を立てて、豪快に噛み千切る。ザクッ、ザクッとと固い音を立てながら神里は唐揚げにかぶり付いた。溢れる肉汁ごと噛み締めながら、じっくりと味わう。
「悪くない」
それが神里の第一声だった。
「衣のザクザクっぷりは申し分無い。
生姜も、本物をちゃんとすり下ろしているのは好印象だ。
中の肉はやや硬いがジューシーさはちゃんとある。まあ良いだろう」
言いながら神里は次々に唐揚げを口に運ぶ。
更に、炊き立ての白ご飯もかき込む。
来客用のソファとコーヒーテーブルがある応接スペースにて、神里は昼食をとっていた。
「総じて85点といったところか。おかわり」
「はいはい」
早くも空っぽになったお椀を受け取り、藤本は炊飯器のご飯をよそう。その間も神里は箸を止めない。
「この唐揚げ、美味いのは美味いんだが足りないものがある。分かるか?」
「漬けダレにお酒を使わなかったことですか」
「そう。それだ。だが、使うべきはその辺の料理酒じゃねえ、ウイスキーだ」
ほかほかの白ご飯が乗ったお椀を受け取りながら、神里が話を続ける。そして、唐揚げに箸を伸ばす。
「前に言ったことがあるだろう。
唐揚げの漬けダレにはウイスキーを使うべきなんだ。アレは最高に美味い。
次はウイスキーを使って作れ。いいな」
「ですが、学内はアルコール類の持ち出しは禁じられてますよ」
「バレなきゃ良いだろ」
「先生の立場の人がそういうことを言わないで下さい」
「構内でこっそりビールなり酎ハイなり飲んでる奴なんていくらでも居るぞ」
「そういう問題じゃないと思います」
「面倒な奴だな。既存のルールに囚われたままだと人生を謳歌できねえぞ」
「急に話が大きくなりましたね」
「ああ、俺はスケールの大きい男だからな」
「何言ってだこいつ」
めちゃくちゃを言う神里に呆れつつ、藤本は小さくため息をつく。そんな彼に向かって神里が更に声を掛けた。
「ところでお前さん、いつまでそこに突っ立ってるつもりだ?」
「はい?」
藤本が怪訝な顔で首を傾げる。彼は神里の要望に応えられるように立っていたのだが……
「昼飯の時間なんだ。お前さんも自分の皿を持ってこい。
さすがの俺も、この量を一人では食い切れねえからよ」
「え? あ、はい」
「お前さん、普段から碌なもん食ってねえだろう。
せっかくの機会だ。たんと食えよ」
「あ、ありがとうございます」
「ああそうだ。キッチンに行くなら、ついでに味噌汁も持ってきてくれ。
やっぱり、あれが無いと締まらねえからな」
「はいはい、分かりました」
神里に言われるがまま藤本はキッチンスペースへと向かう。
「全く、人使いが荒いなあ」
そうぼやきつつも、その顔にはうっすらと笑みが浮かんでいた。
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