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(4)配達員、現れる
17時を少し過ぎた頃。
窓越しの空が、ほんのりと橙色に染まり始める。そんな中、ガチャリの音を立てて神里が研究室に入ってきた。否、講義を終えて戻ってきたのだ。
戻るなり、神里は応接用のソファに座り大きく息を吐く。
「お疲れ様です」
「おう。ちょっと、コーヒーを頼む」
「はい」
神里に言われて藤本はキッチンスペースに向かう。
程なくして、穏やかな香りを漂わせながら戻ってきた。
「どうぞ」
「ああ、ありがとう」
差し出されたコーヒーはミルクと砂糖がたっぷり入ったものだった。カップに口を付けると、甘い味わいが口いっぱいに広がる。疲労感が少し和らいだ気がして、神里はほっと息をつく。
「お疲れのようですね」
「まあな」
小さなため息を溢しつつ、更にコーヒーを飲む。
「今日日の学生は情熱が足りなくていけねえ。
どいつもこいつも、親から餌を与えられるのを待っている雛鳥
ってなツラしてやがる」
「はあ……」
神里の愚痴に藤本は少し困ったような表情を浮かべる。
神里は更に言葉を続けた。
「俺の専門は犯罪心理学だが、その目的は犯罪の抑止にある」
「はい」
「だから、俺の講義を受ける人間には同じような意識を持っていてほしいんだが……なかなか、そう上手くはいかねえらしい」
そう言ってコーヒーを飲み干した。
「難しいんですね、教育って」
「ああ。お前さんも、いずれは教壇に立つ身だ。
今の内から考えておいた方が良いぞ。学生達との関わり方をな」
「そう、ですかね」
「出来ることなら講義とかは持たずに研究だけに専念したいんだがな。
まあ、大学に雇われている立場上そういうわけにもいかねえか」
やれやれとため息をつく神里の傍らで、藤本は密かに俯く。
『情熱が足りない』という言葉は自分にも当てはまることだと思ったのだ。
藤本は17歳の時に神里と出会ったことを機に学者への道を進むことになった。身寄りが無くお金も無かった彼は、大学へ行くことなど考えたことも無かった。が、神里の説得を受け、彼に言われるがままに大学へ、そして大学院に進み現在に至る。
正直なところ、この先博士号を取り、更には教壇に立つ未来など彼自身はとても想像できないでいた。
「……」
「おい、どうした?」
「あ、いえ」
神里に声を掛けられ、藤本はハッと我に返る。そして、空になったコーヒーカップを手に取った。
「コーヒー、もう一杯作りましょうか」
「ああ、そうだな。頼む。脳に栄養を回したいから、引き続き甘いやつな」
「はい」
頷いた藤本がキッチンスペースに行こうとした時、不意に研究室の扉がノックされた。
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