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聖職者の憂い
神の行いに対して「仕事」という言葉を使うのは畏れ多いかもしれませんが、
彼らの仕事が善き人を健やかにし、悪しき人間に罰を下すことなのだとしたら、少し彼らは怠慢をはたらいてはいないでしょうか。
いいえ、私はこう思い直しました。地上は、多くの人間で溢れかえっています。そして神にだってきっと、己の限界値というものがあるのでしょう。手が、行き届かないのです。だから不幸な善人が存在し、心の穢れた者がのうのうと生きている。そういう、有様になってしまっているのです。
私のつとめる修道院にやって来るこども達も、そうした神の裁量が行き届かなかった、哀れな子達でした。
南欧にあるこの古びた施設は、修道院としての役目を担うかたわら、余命数ヶ月と宣告をされた少女を受け入れ、最期のその時までをなるべく穏やかに過ごさせようとする、看護施設も兼ねていました。
修道女が、彼女達の世話も行っていました。ですからここには、いくらかの医療技術がある女子が三人、修道女として集められていました。
専任の看護師が居ないのは、また私たちに身についている医療技術がそれほど高度ではないのは、ここが終末期医療施設だからです。無慈悲な言い方をすれば、もし治療が至らなくて患者が早めに命を落とすことになっても、早いか遅いかの違いで、結果はいずれも同じだからです。
私はそうした体制にも心を痛めましたし、次々とやってきては去ってゆく子ども達に対しても心を痛めました。けれど無力な私には、日々祈りを捧げることしか出来ないのです。祈ったところで、神もこれ以上どうしようもないというのに。
「カターシャ様の金髪、きれいですね」
柔らかな日の光が降り注ぐ病室で、ジュスティという十歳の少女が私の髪に触れて言いました。彼女は心臓の病でここに連れてこられ、やはり一年と生きられない体でした。それなのに、今差し込んでいる日差しのような眩しい笑顔を浮かべる彼女を私は強いと思っていました。
「ありがとうございます。ジュスティの黒い髪も綺麗ですよ」
点滴のパックを取り替えながら、私は微笑みました。ジュスティはベッドに寝た状態からなおも腕を伸ばし、ずっと私の髪に触れていました。
「何か、特別なことをしているのですか?髪にいいものを塗っているとか・・・」
「いいえ、何もしていませんよ」
「きっと、いつも神様に祈っておいでですから、美しいのですね」
ジュスティが私の長くて巻かれた髪をいじりながら言いました。髪は特段手を加えていないのですが、自然とウェーブしていました。
「あなたたちの方がよっぽど美しいですよ」
心の底から思ってそう言いました。この施設にいる少女たちはもちろん自分の運命を知っているのに、どこか達観しているというか、静かに死を受け入れている子たちばかりなのです。「わたし、病気が治ったら海を見にいってみたいんです」と言う子もいました。当然、叶わないことを知っての上です。そんな彼女たちの在り方を私はいたましいと思うと同時に、美しいと思っていました。
少女達からそのようなことを言われるたびに、私は礼拝堂でひたすら祈りをささげました。どうか、悪しき人達に罰を与え、代わりにこの子達に未来を。なんなら、私が犠牲になったって構いませんでした。それで一人でも哀れな子どもが救われるのなら、私はよろこんでこの身を差し出したでしょう。
けれど、祈りながらこうも思うのです。果たして私は、神に祈る資格があるのだろうかと。私は6月13日の生まれでした。13日といえば、イエス・キリストが処刑された日です。そんな日に生まれた私は、神に祈る資格があるのだろうか?いつもそのように、迷う気持ちを抱えながら私は祈り続けていたのです。
修道院には中規模程度の図書室があり、そこで私は蔵書の整理をしていました。図書室は子ども達がよく利用するため、本がもとあったのと違う場所に戻されていたり、上下が逆さまになって仕舞われていたりといったことがしばしばありました。それらを整理するのも私達修道女の役目でした。
医療書関連の本棚から少し飛び出るようにして仕舞われていた子ども向けの本を児童書の棚に戻し、新しく購入した数冊の本を該当する種類の棚に入れていました。あと二冊でそれが終わるという時、図書室の入口に人影が現れました。
私と同じ金色の髪を、しかし団子にして後ろで纏めた彼女はクロエという名の女性でした。私と同じ修道女で、やはり修道女の仕事を受け持つと同時に子ども達の看護もおこなっている同僚でした。
「カターシャ、明日届く予定だった本が先ほど届きました。申し訳ありませんが、こちらも整理をお願いします」
そう言って、クロエは十冊程の書物を私に渡してきました。私はわかりました、と言ってその本を静かに受け取りました。
「それと、リラですが今朝検温をおこなったら微熱がありました。今のところ他に目だった症状はありませんが、念のため注意しておいてください」
私が頷くと、クロエはしずしずと図書室を出て行きました。ここで働く修道女はみな、慎ましく静かな話し方、立ち振る舞いを命じられていました。なので長く共に働いている同僚でも、彼女らが本来どういった性格なのか私には分からないのでした。
図書室での作業が終わり、クリーム色の石造りに綺麗な造形の窓がはめられた廊下を歩いていると、目の前からナタリアが静かに歩いて来ました。彼女もクロエと同様私と同じ役目を任されているシスターで、黒くて長くウェーブした髪が彼女の歩みに合わせて静かに揺れていました。
そっと目配せをして挨拶をすると、ナタリアは立ち止まり私に声を掛けてきました。
「カターシャ、今日の夕食はパスタだったかと思いますが、先ほど新しく入院してきたベスという子が牛乳アレルギーです。なのでベスの分はチーズを入れないようお願いします」
「ええ、分かりました」
私は頷き返事をしました。患者や施設の人間たちの食事を作るのも修道女の仕事で、今日は私がその当番でした。
ナタリアが立ち去り、私はベスの件を頭に反芻しました。そうしながらまた一人、天の迎えを待つしかない子どもが増えたことに悲しみを覚えました。
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