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ここ数日間、燈のスマートフォンはずっとこんな状態だ。どう考えても緊急性も重要性も興味もないメッセージが延々と届き続けている。しかも昼夜を問わない。茉優と会っている時間以外ずっとだ。いや、下手をすると顔を合わせていても内緒話をするようにメッセージが届く。
メッセージだけでもない。ところも時間も構わずかかってくる通話に燈は辟易していた。最早疲弊していたといってもいい。それが、授業中の欠伸の原因でもあった。
「これは……ウザ……めんどくさ……熱烈だね」
燈が彼女の方に向けたスマートフォンの画面をスクロールさせながら雫が言う。
燈は2・3日前に『女子ってみんなこうなん?』と、雫に質問してみた。雫は平均的な女子とは少し違っているかもしれないけれど、普通の女子の友人も多いから、参考意見を聞きたかったからだ。
『まゆち』からのメッセージは燈の常識からは逸脱している。ただ、燈には女子のことはあまりわからない。こんなことを相談できる女子は雫くらいしかいないのだ。
しかし、相談した日からすでに百件以上のメッセージが届いているのを確認して、雫は思わず本音を零してしまったのだろう。
「俺。今時の女子のコミュニケーションについていけねえ」
脱力したように燈は机に両手を投げ出して突っ伏した。
もちろん、燈が相談したときの雫の答えは『普通なわけないじゃん。女子がどんだけヒマだと思ってるの?』だった。
いや、返信があるのならメッセージの数が多くなってもおかしくはない。会話が盛り上がればそのくらいのメッセージのやり取りはあるだろう。けれど、その間、燈が返したメッセージの件数はわずか5件。毎日会っているのにメッセージを送る必要性がない。しかも、燈が返したメッセージの内容は『うん』『それでいいよ』『それ重要?』『明日でいいよね』『大事なメッセージ流れるから少し控えて』の5件だ。
実際、親から『帰りに卵買ってきて』とお使いを頼まれたのに気づかずに、夕食のおかずがトンカツからポークソテーになるという悲劇を生んでしまった。
「日本語……通じてんの?」
ぴとり。と、机に頬をくっつけて、ぼそり。と、呟く。
燈の伝えたいことは全く伝わっている気がしない。一応『ごめんなさい。気を付けます』と、返信は来たのだが、メッセージの件数は増える一方だ。
「送ってあげるのやめたら?」
顔を横にして燈の顔を覗き込んで、雫が言った。
「んー。でも……不安なんじゃん? 頼れる人いないみたいだし。相手4年生だし。それに。まだ、1か月も経ってないし」
茉優が電算部に仮入部してから1週間と少し経った。茉優はきちんと部活には参加している。もちろん、ほかの一年生も同じく。だ。部長の小華はほかの二人同様、茉優の入部にも文句をつけたりはしなかったし、入部したての3人に厳しいしごきをするようなことはなかった。入部後すぐにビシバシと鍛えられた現2年生とは大違いだ。
ただ、茉優が入部の挨拶をすると『ふうん』と、彼女を上から下まで眺めてから、『とりあえずよろしく』と、とりあえずの部分を強調して挨拶を返していた。そして、小華自身は和彦が紹介しただけで名乗りさえもしなかった。
燈はほぼ毎日彼女に付き添って登下校していた。自分で言い出した手前、ほかの仲間に頼るのは気が引けたし、彼女の寮は燈の通学路の途中にあったからだ。その間、学校のそばでは何度かその丸山という4年生を見かけた。ただ、それが茉優を待ち伏せしていたのか、単に通りがかりだったのかはわからない。同じ学校の生徒なのだ。邂逅は偶然だったとしても不思議ではない程度の頻度だった。そして、こちらに気付いたとしても、丸山は何もしては来ない。何か言いたげな顔はするものの、近づいてくることもなかった。
それでも、その男の姿が見えると茉優は怯えたように燈に縋る。お人よしといわれるかもしれないけれど、それを放っておけるほど燈は冷たくなれなかったし、たった1週間でこの先何もないと判断できるほど楽観的にもできていなかった。
「やー。あれは頼ってるってよりさ……」
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