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どうして、こうなってしまったのだろう。
どこにも居場所がない、帰る場所がない、帰る場所が怖い。
幼い頃は、そうじゃなかった。
「ただいま」
夕焼けの帰り道を急ぐ幼いオレは、扉を開けると漂ってくるしょう油と砂糖の香りが好きだった。やさしくあふれる光の先で、母と兄弟が「おかえり」と言ってくれるのが嬉しかった。
家に帰ってきた実感が胸を満たし、アニメの再放送を見るためにランドセルを机に置いて、家族のいる居間に向かった――当たり前の日常。
その数時間後に帰ってきた父は、どかりと居間の定位置に座り込んで、家族の誰よりも優遇されて、母にどこまでも優しく甘やかされていく。
子供のオレはなんの根拠もなく、自分も大人になったら、自動的に父と同じ定位置に座れると思っていた。
やさしくあたたかい光と、しょう油と砂糖の香りと、当たり前のように向けられる家族の愛情を独り占めにして、結婚すれば幸せになれると思っていたのに……っ!
『あのね、アンタは覚えていないかもしれないけど。お父さんとお母さんは何度も何度もケンカして、今の状態に落ち着いたの。アンタの夜泣きの時でも、役割分担を何度もうんざりするほど話し合ったのよ。めんどくさいことから逃げる意気地なしが、なにもしないで幸せを手に入れるわけないじゃない!』
葬式で絶叫する母の正論が、オレの夢を叩き潰した。
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