カエリミチ

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 光がオレを照らす。  (いざな)われるように頭上(ずじょう)を見上げると、清浄な光に満ち溢れた世界が、視界いっぱいに広がった。  心地よい虚脱感(きょだつかん)に身を任せる刹那(せつな)、脳裏によぎる道江の顔。  オレと和生は死んだが、道江は生きている。  幸せになるチャンスが、彼女には生きているかぎり何度も巡ってくるのだ。  そう思うと、恨みに近い怒りがふつふつとドス黒く煮えたぎって、俺はいてもたってもいられずに道江の元へと向かう。  そう、彼女こそ、オレが本来、帰るべき場所なんだ。  だから、間違いようがない。 「ただいま」  病院のベッドで横たわる道江の身体に、その(みや)に、オレの魂は()りついた。 ◆  閉店の時間が迫り、占い師はタロットカードをケースに戻そうと手を伸ばす。 「あ」  ひらりとカードが一枚、手元からテーブルに落ちた。  絵柄は死神だった。 「やっぱり」  ため息をついてカードを見る。  タロットカードには、正位置(せいいち)逆位置(ぎゃくいち)の解釈がある。正位置の死神には【潔さ】と【決断】、逆位置には【執着】と【現実逃避】の意味があり、先刻(せんこく)のさまよえる魂を占った時は、死神のカードが正位置だった。  そして、水晶に映った9のビジョン。  数字の9が、胎児の姿に似ていることに気づいた時、いやな予感がした。  しかし、彼女は占い師としての一定のラインを超えることはしなかった。  運命を占うにあたって、他人の人生に深入りすることは因果律(うんめい)のバランスを崩す行為。どんな代償を支払うのか分かったものではない。 「とはいえ、こんな結末になるとは」  逆位置になった死神のカードの拾い上げて、祈るように(りょう)の手の(ひら)にカードを挟む。  彼女に見える、回避したかった未来。 『貴方を惑わす声に従ったら、貴方は9回殺されて地獄に堕ちる。執着を手放さない限り、貴方に本当の安らぎは永遠に訪れない』  あの男は妻だった女に憑りつき、彼女の子供になって生き直そうとした。  だがそんな(ひと)りよがりな企みは、予想を上回(うわまわる)る憎悪によって、あえなく失敗に終わり、壮絶な絶望と苦痛を味わうことになる。  彼女は本能的に察していたのだ、自分の腹に宿った魂が、憎むべき存在だということを。    道江は妊娠と堕胎を繰り返した。  細長い金属の器具を使い、逃げ場のない子宮の内容物を()き出す、我が身を削る復讐だった。  そして、9回目の堕胎の手術に向かう途中、お腹に子を宿したまま車に()かれた。  男の魂は、当然、地獄に堕ちる。  しかし、彼女の魂には酌量(しゃくりょう)余地(よち)があるとして、男とは別の場所に送られて、男には永遠に安らぎが訪れることはない。 「素直に帰ればよかったのに」  今日は寄り道をせず真っすぐ家に帰ろう。  占い師は「ただいま」と、帰宅する自分の姿を想像して、死神のカードをケースに戻した。 【了】 2162432d-0847-4379-8fbe-1c0fd02e1356              
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