4/4
前へ
/19ページ
次へ
 老人は、手を振っているのではない。  黒い枝状の細腕と同じく、しきりと手招きをしているのだった。  老人の口が動いている。  目が離せない。口のなかに、なんとも言えない味が広がる。  これは恐怖を麻痺させる、幸福の味。怖いはずなのに、この家から離れられないでいる。  黒い手が、しきりと招き寄せるのが見える。  誘われて、目の前が黒く霞む。足が勝手に動き出そうとするのを必死にこらえる。  口のなかで甘露の味がする。喉を鳴らして唾を飲み込む。   ミィ、ツ、ケ、タ。  背後から囁きかけられる。間近に迫る、たくさんの笑い声を聞いた。                  <了>  
/19ページ

最初のコメントを投稿しよう!

17人が本棚に入れています
本棚に追加