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老人は、手を振っているのではない。
黒い枝状の細腕と同じく、しきりと手招きをしているのだった。
老人の口が動いている。
目が離せない。口のなかに、なんとも言えない味が広がる。
これは恐怖を麻痺させる、幸福の味。怖いはずなのに、この家から離れられないでいる。
黒い手が、しきりと招き寄せるのが見える。
誘われて、目の前が黒く霞む。足が勝手に動き出そうとするのを必死にこらえる。
口のなかで甘露の味がする。喉を鳴らして唾を飲み込む。
ミィ、ツ、ケ、タ。
背後から囁きかけられる。間近に迫る、たくさんの笑い声を聞いた。
<了>
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