第7話元勇者の後悔【番外編】

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第7話元勇者の後悔【番外編】

 床に伏して数年。  私の命も残りわずかだ。  今年の冬は越せない。  そんな気がする。  友人の近衛騎士団団長は「気のせいだ」「病のせいで弱気になっているだけだ」と励ましてくれるが、余命いくばくもないことは間違いない。  今朝は特に具合が悪かった。  寝台から起き上がることもできない。  咳も酷くなる一方だ。  私の病状を主治医から聞いたのか、家族が寝室に入って来た。  妻である王妃。  五人の王子たち。  ……家族か。  果たして家族といえるのだろうか。  私に毒を盛ったのがこの家族の誰かだというのに?  涙を堪える妻は美しい。  けれど口元は歪んでいた。  王子たちもだ。  後継者を指名しなかったせいか、長男は恨みがましい表情で睨みつけ、次男は媚びる目で私を見ている。下の三人は私を見ようともしない。  息子たちが幼い頃はよかった。  彼らも私を父親として慕ってくれていた。  いつごろからだろうか。  息子たちがよそよそしくなったのは……。  私に似ても似つかない息子たち。  美しいが脆弱な力しかない息子たち。  王子なのだ。  力がなくても良いのかもしれない。  もっとも『勇者の息子』としては失格だった。  アレでは魔獣と戦うことはできない。  アレでは指揮官にもなれない。  この国の脆弱な軍隊と同じだ。  今はいい。  私の仲間たちがこの国を守ってくれている。  だが、いつまでもつ?  年々、力が弱くなってきていた。  それは私だけではない筈だ。  魔王を倒して世界は平和になった。  それは本当だ。  取りこぼした魔獣はすぐに滅びると誰もが思っただろう。  まさか……あれほど強くなるとは。  ゴホゴホゴホッ。  大きく咳き込む。 「父上!」  息子たちが集まってくる。 「父上!今からでも遅くありません!私を次の王にすると仰ってください!!」 「兄上!卑怯ですよ!」 「なにが卑怯だ!第一王子の私が王になるのは当然だろう!!」 「王子は他にもいます!長男だからといって王になれるわけではありません!!」 「黙れ!!!」 「いいえ!黙りません!」 「なら貴様が王になるとでもいう気か!?」 「少なくとも兄上よりかは玉座に相応しいと自負しております!」  醜い兄弟げんかが勃発した。  我が息子ながら恥ずかしい。 『王太子を第一王子に』 『五人も王子がいるのです。誰を後継者に指名しても問題ございません』  かつてそう言った大臣がいた。  そういう問題ではない。  先代国王との約束がある。  私はその約束を守っているにすぎない。  ……思い出すたびに胸が痛い。  体のだるさと胸の痛みが過去を思いださせる。 「国王陛下!!お気を確かに!!」  咳に混ざって吐血した。  ああ、もう限界が近い。  死んだらどうなるのだろうか。  私は天国に行けるだろうか?  天国には最初の妻がいる。  彼女は私を待ってくれているだろうか?  魔王を倒す旅は三年かかった。  その間に妻は死んだ。  病死だったと聞いた。  失意のどん底にいた私を支えてくれたのは旅の仲間たちだった。  彼らの支えで立ち直れた。  先代国王は「王女と結婚してはどうか」と打診してくれた。  いい話だと皆は思っただろう。  私もそう思う。  王は言った。 「勇者と聖女の子供なら、きっと優れた為政者になるだろう。いや、為政者でなくてもいい。素晴らしい剣士になれる。優れた才能を持つ子が生まれるはずだ」と。  王女と結婚した翌年に国王が崩御し、私は新国王に就いた。  王妃になった妻。  彼女は五人も息子を産んでくれた。  ありがたい。  うれしい。  ただ、勇者としての力は一向に目覚めなかった。  それだけが残念でならない。  約束なのだ。  先代国王との。  だから仕方がないのだ。  すまない。  私は義父と約束をした。 『勇者の血を引く者を次の王にする』と。  魔法契約に基づいてのもの。  誰にも覆せない。  知っていた。  王妃が私を裏切っていたことを。  息子は誰一人として私の血を引いていないことを。  ゴホゴホゴホッ。  また咳き込んだ。  苦しい。 「父上!!」 「国王陛下!!」 「誰か!早く医師を呼べ!!」  家族たちが騒ぐ。  ああ、もう駄目だ。  私は死ぬ。  目を開けていられない。    ようやく死ねる。    そうか。  私は死にたかったんだ。  ずっと昔から。    ――――のよ……。  声がする。  幻聴か?  ――――英雄になる必要なんてないの。  懐かしい声だ。  誰だったか。  女性の柔らかな声。  王妃とは違う。優しい声。  ――――無事に帰って来てくれたらそれでいいの。    私を……俺を心配している。  俺を心から想ってくれている人の言葉だ。    ――――いってらっしゃい。  そうだ。  最後の日もそうやって送り出してくれた。   「――――、ただいま……」  ――――おかえりなさい。  最初の妻が迎えにきてくれた気がした。  やっと眠れる。
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