第1話秘密

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第1話秘密

『秘密よ、秘密。これはグレイとお母さんの二人だけの秘密。グレイのお父さんは――――』  子供の時から繰りかえし語られてきた母との秘密の会話。  物語として語られる内容を子守唄代わりにして育った。  高級娼婦を母親に持つ身としては、はっきり言って“父親が誰か”などというものは別段秘密にするようなものではなかった。下級娼婦と違って、父親が誰か分からないなどというのは勿論ない。そもそも娼婦が子供を持つこと自体珍しいのだが。母の場合は少し……いや、物凄く特殊だった。  母としては俺に父親が誰かなど話したくなかっただろうに。  俺の場合、外見はともかく、誰が父親なのかは疑いようのない特殊能力を持っていたせいだ。  それがなければ母は一生誰が父親なのか離さなかっただろう。もしくは、適当に言いつくろって「実の父親は死んだのよ」とでもいったかも知れない。 「誤魔化せないよな、コレじゃあ」  世の中、そう上手く回らない。  父親の能力を余すところなく受け継いでしまった。  通常なら有難い話だ。  この能力のお陰で最年少で最高ランクの冒険者に成れたようなものだ。  ――S級の冒険者グレイ  この名前を知らない冒険者はいないだろう。  なにしろ、数が少ない。俺を含めて三人しかいないのだから。  後の二人はベテランの冒険者だ。  俺と違って相当の修羅場を潜り抜けて来た猛者。  魔王討伐に選ばれることはなかったものの、その戦闘力は他の冒険者とは比べものにもならない。  噂では『勇者パーティー』のメンバー以上の実力者ではないかとも言われている。  彼らが『勇者パーティー』に選ばれなかった理由の一つに年齢があげられる。  なんで年齢制限があるのかは知らないが、同行する聖女の年齢が当時問題だったのだろう。しかも聖女はとある王国の王女ときている。  高貴な身分の少女によからぬ噂がたつのを避けたかったのか。それとも選ばれた勇者が若い青年だったからなのか。今となっては分からない。  ただ、魔王を倒した後、勇者と聖女である王女は結婚している。 「……母さんが寝物語に話すわけだ」  能力向上のために努力はしている。  けれど生まれ持った力というものは侮れない。  何も知らなければ自衛はできない。  力のことを知らない人間だって俺の実父が『相当のランクの術魔導士』または『かなり腕の立つ剣士』だと想像はつくだろう。  実際、俺の父親は世界を救った勇者だった。  今からおよそ二十年前。  勇者によって魔王は倒され、世界は救われた。  ……はずだった。  確かに魔王は討伐できた。  だが、残党というべきか魔獣は残った。  そして、魔王が倒されたことにより、魔獣たちは活性化した。  それまで大人しくしていた分を取り戻そうとするように。  魔王によって抑圧されていた分、その反動も大きく、魔獣の活性化はとどまることを知らなかった。  勇者パーティーのメンバーは魔王討伐後、何故か以前ほどの力を出せなくなっていた。  絶対的な、文字通り世界最強であった彼らがだ。  ある学者は「世界の敵である魔王を倒したことによる反動。世界の均衡を保つために勇者たちの力が弱まったのだ」と言った。  別の学者は「魔王がいなくなり、世界が一息ついているからかもしれない」と言い、またある学者は「そもそも魔王を倒すことが目的なのだ。それが達成したのだから天が大きな力は不必要だと判断した結果なのだろう」と分析した。  どれが正しいのかは分からない。  ただ分かっていることは、彼らの力が衰えたことだけ。  魔獣は魔王に比べると弱い。  けれど極端に弱いわけではない。  十分強い。  そのうえ、賢かった。  生き延びることを前提にしているのだろう。  また、人を食えば食うほど強くなる。  魔王がいた頃は群れる事のなかった魔獣は、次第に集団で行動するようになった。  魔獣は力をつけ、数を増やし、人里を襲うようになった。  被害は年々拡大していった。  魔王の力に比べれば幾分もマシとはいえ、数の暴力には勝てない。  むしろ、魔王がいた頃よりも被害は拡大した。  勇者たちだけで対応はできない。  世界中に散らばった魔獣たち。  その数は用として知れないのだ。  各国は対応に困り果てた。  軍を派遣するものの、死傷者は増加し続ける一方だった。  最終的に冒険者ギルドに討伐依頼がなされるようになり今に至る。 「グレイ、これが今回の報酬だ」 「確かに。だが、ハンス。例の話は断らせてもらうぜ」 「そうか」  ハンスは俺が最も信頼しているギルドのマスターだ。 「まあ仕方ない。お前はS級の冒険者だからな。一国が独占していい人材じゃない。あの国には悪いがな……。俺の方で上手く断わっておく」  ハンスは下手くそなウィンクと共にそう言った。 「悪いな」 「いや、気にするな。Sランクのお前にはそれだけの権限がある」  だから心配するなよ、とハンスは笑う。  俺に実の父が誰なのかを知っているんだろう。  彼からそのことを言われたことも聞かれたこともない。  だが、ハンスの言動の端々から、俺が実の父親が誰なのか知っているのだということは分かった。 「じゃあ、俺はもう行く」 「ああ」  俺はギルドを後にした。  
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