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08舞踏会という名の計略
——それにしても。
(なぜ貴公子でもある彼が、バイオレット令嬢の執事を務めているのかしら。自らの希望で彼女に仕えているというけれど、その真の理由がわからない。)
その立場も含めてセバスチャンの存在は謎めいており、その得体の知れない雰囲気がセレーナの警戒心を刺激していた。
クロイツネル公爵家は、王家に近い名門。単なる執事ではなく、彼の地位と影響力も無視はできない。
するとセバスチャンの視線がこちらに向けられた。まるで心の奥底を覗き込むような鋭さに、セレーナは一瞬だけ息を呑んだ。
(この感覚…この目、私と同類かもしれない。彼の前での思考には気をつけないと)
気を引き締めたセレーナはすぐに微笑みを取り戻し、アルトに囁いた。
「アルト様、バイオレット様にご挨拶されてはいかがかしら」
アルトは表情を曇らせ、視線を逸らす。
「いや、今はいいんだ……」
「紳士的ではありませんわ。過去と未来は切り離せません、いまこそ新たな関係を築くべきです」
セレーナの言葉に、アルトは戸惑いを見せた。
「でも、僕は彼女に…不義理をした人間だよ」
「大切なのは今と未来ですわ。お二人が和解されることを、私は心から願っています」
彼女の真摯な瞳に見つめられ、アルトは言葉を失った。
「セレーナ、君は本当に変わったね。まるで別人のようだ」
「人は成長するものですから」
その時、バイオレットが彼らの方へと歩み寄ってきた。セレーナは内心の緊張を抑え、微笑みで迎えた。
「ごきげんよう、セレーナ様、アルト様」
バイオレットの声は澄んでいて、心地よい響きを持っていた。
「ごきげんよう、バイオレット様。お会いできて嬉しいですわ」
セレーナは礼をしながら、彼女の表情を細かく観察した。
(瞳の奥に孤独と悲しみが見える。アルトへの未練が…まだあるようね)
一方、セバスチャンの視線は依然としてセレーナに向けられている。
(この人、私の内面を探っているのね。でも、そう簡単には見せる気はないわよ)
「バイオレット様、そのドレスはとてもお似合いですね。まるで夜空に輝く星のようです」
「あ、ありがとうございます、セレーナ様。貴女様も……お美しいです」
「ありがとうございます……バイオレット様」
そして二人の間に微笑みが交わされる。
(彼女、困惑してるわね。以前のセレーナとまるで態度が違うから当然よね)
アルトは落ち着かない様子で視線を彷徨わせている。
「では、私はこれで失礼いたします。また後ほど」
バイオレットは一礼し、セバスチャンと共にその場を離れた。セレーナは彼らの背中を見送りながら、静かに息を吐いた。
(バイオレット令嬢……彼女は思った通り裏表のない素敵な女性ね。やはり問題はあのセバスチャン……か)
セバスチャンが最後に振り返り、再びセレーナに視線を送る。その瞳には警戒と興味が混ざり合っていた。
(お前を見ているぞってこと?でもまあ、それも計画の一部よ)
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