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今では過去の記憶からでも、人の感情の細かい変化が、まるで手に取るようにわかる。相手が嘘をついている瞬間、その目の揺れ方、息遣い——以前なら微妙な違和感でしかなかったそれが、今では「答え」として確信を持って感じ取れるようになっていた。
「ちょっと待ってよこれ、マジでまずいじゃない……異世界に来てまでこんな目に遭わされるの?」
「お嬢様?……さっきから何をおっしゃってるのですか?」
このメイドの名前はアリサ。記憶を辿る限り、この子だけはマトモで純粋にセレーナを信奉する田舎娘だ。
しかし目の前が真っ暗になる。自分の今の状況はとにかく最悪だ。このまま何も手を打たなければ、自身はおろか、一族の破滅が目に見えている。
真奈美は頭を振って冷静さを取り戻し、左手で肘を支えながら、右手の中指で眉間を押さえ考えを巡らせる。
これは前世の真奈美から引き継いでいる癖。このルーティンでいつも集中力を高めるのだ。
「セレーナ様、本当に大丈夫ですか?お気分が優れないならば無理には……」
メイドのアリサが心配そうに真奈美の顔を覗き込む。
このままでは、この娘も路頭に迷うことになる。悪役令嬢のメイドなど、主人の没落後は惨めな人生しか待っていないだろう。
真奈美は状況を瞬時に把握し、頭の中で今後のシナリオを再構築していく。
まず、この世界で一番避けなければならないのは、クズ婚約者アルト・デュラハンとの結婚。彼は外見こそ美しいが、実家の財産を浪費し尽くし、借金まみれの男だ。
婚約した瞬間にセレーナ家の資産も食い尽くされ、破滅の道へ突き進む。そんな「ざまぁ」エンドは絶対に避ける。
そう心に決めた瞬間、表情が引き締まった。
かつて数々の婚活戦場を生き抜いてきた経験が、今こそ力を発揮する時だ。
「アリサ……私にまかせなさい」
「お嬢様、よろしいのですね?」
メイドが問いかける。真奈美――今やセレーナは微笑みながら答えた。
「ええ、もう準備は整ったわ。行きましょう」
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