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4 アパートで
ふと目を開けるとすぐそこに裸の男がいた。ベッドに腰掛けて俺の体の汚れを拭っている。冷たくないようタオルをお湯で濡らして。丁寧に、優しく。
事後の気だるい体がさっぱりしてゆくのは気持ちがいい。
顔を覗き込むと、照れくさそうに目を逸らされた。恥ずかしいのか? 今さらだろうに。
「サンキュ」
タオルを受け取り、ショウの腕を支えにして体を起こした。
「お前さ、シャワー浴びてきな。着替え貸してやるからさ。下着も新しいの出しとく、な」
遠慮するショウを風呂場に追い立ててベッドから降り、ひとまず床に落ちていたパンツを履いた。シーツをはがして洗濯機に突っ込み、スタートボタンを押して部屋に戻った。クローゼットから替えのシーツを出し、ショウが着れそうな大きめのシャツと短パンを準備した。
コンビニで買った弁当を座卓の上に並べてみた。が、あいつには足りない気がする。冷凍庫にあるのは……焼きおにぎりとチャーハンと、あとは冷凍ピザか。インスタントの味噌汁作って…それでも足りなきゃ買いに走ればいっか。
あれこれ算段をしていると、バスタオル一枚を腰に巻いたショウが風呂から出てきた。
――おお、腰タオルしてるじゃん。
髪に残った水分が首筋からポタポタと滴り、張りのある若い皮膚を流れ落ちてゆくく。カッコいいなぁ、おい。
「頭ちゃんと拭けよ。で、シャツがそれ。パンツはどれでも好きなの選んでいいから。腹減ってるだろ? 先にメシ食ってて」
そう言い置いて風呂場に向かった。髪と体をサッと洗い、最後に熱いシャワーを頭から浴びた。湯がしみると思ったら、鎖骨のあたりにうっすら歯型が残っていた。あいつ……犬じゃないんだからさ、まったく。
髪をタオルでガシガシと拭きながら部屋に戻ると、ショウが座卓の横で正座をしていた。腰にタオルを巻いたまま、上裸のまま床を見つめていた。紙袋の横にパンツ三枚とブルーのシャツが置かれている。着替えに出してやったシャツと短パンは置きっぱなしだ。
何やってんだ? パンツ一枚選ぶだけだろ。
「風邪引くぞ。ほら、これ着ろ」
「あ、はい」
ショウは、俺が投げたシャツに袖を通しながら「これはナルさんのですか?」と、俺が昼に買ったブルーのシャツを指さした。
「あー違う違う。それは人にあげるやつ」
「ああ――」
そうなんですか、と名残惜しそうにシャツの刺繍を指でひとなでしたあと丁寧に袋に戻した。
「もしかして自分用かなって勘違いした?」
「……」
図星か。
「すねるなよ」
「すねてません」
「気に入ったんなら、同じの買ってきてやろうか?」
「いりません」
「ふーん」
頬を少し膨らませてそっぽを向いた。欲しいって言えばいいのに。意外と頑固なのかもな。
「かなり腹減ってたんじゃん」
ショウはあっという間に弁当とおにぎりを平らげて、インスタントの味噌汁も二杯飲み干した。見ていて気持ちのいい食べっぷりだった。
さすが推定高校生。10代男子の胃袋は底なしだ。24時間常に腹を空かしているもんな。冷凍ビザも半分以上が彼の腹に収まった。
「ごちそうさまでした」
ティッシュで手と口を拭い両手を合わせて軽く頭を下げた。何気ない仕草の中に育ちの良さを感じる。子どもの頃は家族で食卓を囲んでいたんだろうなあ。
「コーヒー入れるけど、飲む? インスタントだけど。俺はブラックだけど」
「飲みます。同じの」
マグカップを置くと、ショウは大事なものを扱うように両手でカップを包み込んだ。ふうふうとゆっくり口にする。猫舌か?
ふと時計を見ると、終電には少し余裕があるものの、いい時間になっていた。
「なあ、電車大丈夫か? 帰らなくていいのか」
ショウもスマホで時間を確認した。
「あーそうですね……」
「いっそ、泊まってくか?」
「泊まります」と言って勢いよく身を乗り出した。
「即答かい。まあいいけど。家に連絡……」
「今メールしました」
「早……まあいいや。んじゃ、寝る準備するか。タオルケットはもう寒いか。毛布毛布…」
立ち上がってクローゼットの奥から毛布を引っ張り出した。臭くないか? 大丈夫だよな? ファブリーズしとくか? それにしても、メールだけで外泊OKって……放任だな、こいつの家。
毛布を抱えてベットを振り返ると、ショウはクッションをパンパンと叩いてソファにセットしていた。お前……まさかそこで寝るつもりか? 狭すぎるだろ、さすがに無理じゃん。
「何やってんの? こっち来いよ」
ショウの背中を軽く叩いた。ベッドに上がって壁際ギリギリにくっついて、スペースを空けて手招きした。
ショウはボソボソと何か言っていたが、俺が無言でいるとてようやく立ち上がった。
「……おじゃまします」
胸にクッションを抱えておずおずとベッドに腰掛けた。端に留まろうとするのを引っ張って真ん中に引き寄せて一緒に毛布をかぶった。
ショウは一瞬体を固くした。が、すぐに体を寄せてきて横にぴったりとくっついた。
「寝るだけだからな。もう何もしないからな」
隣でうんうんと頷いた。
部屋の明かりを消すと、光源は枕元の豆電気だけだ。すぐに眠気がくるわけもなく、なんとなくスマホをつらつらとスクロールしていた。
ショウが体の向きを変えてうつ伏せになり、重ねた腕に自分の頭をのせて静かに話しかけてきた。
「ナルさん」
「んー?」
「いつも休みの日は何してるんですか?」
「別に…掃除して洗濯して。後は…スーツとワイシャツをクリーニングに出して、ついでにスーパー行って、かな」
「出掛けたりしないんですか?」
「だいたい家にいるなー。誘われたら出かけるけど」
「ふーん」
「あとは……たまーに、レンタカー借りて遠出するかな。気晴らしにさ。行った先で温泉入ったりテキトーに車停めてぼーっと景色見たり、夜だと星見たり」
「星、ですか?」
「天体観測とか、そんなんじゃなくてさ。東京よりたくさん見えるじゃん」
「へえ……いいな」
星という言葉に興味を惹かれたのか、顔をあげた。
お前さー、目でそんな圧かけてくんじゃねーよ。行きたいなーとか思ってる? 思ってるんだよな、まったく。無言でおねだりしてくんなよ。
「今度一緒に行く? 車借りてさ」
「行きます」
「また即答か? まあいいや。来月かなあ。仕事の都合もあるからすぐには……」
「……絶対、行きます」
「わーかったって」
ショウは嬉しそうに口元を緩めた。もぞもぞと体をずらして、意思を持った目でひたと見据えてきた。俺の手を取り、ふーっと深呼吸した。
「ナルさん。俺と付き合ってください」
「ほえ?」
その顔は、眉間にシワが寄っていてまるで怒っているようだった。
「いきなり何を言いだすんだよ」
「気づいてますよね? 俺、好きですから」
「あー…」
俺を睨みながらじっと答えを待っている。
まじか。確かに、好意にうっすら気づいていたけれど。こんなにストレートに告白されるとは予想してなかったな。本気か?
「それさー。初めてヤった相手だから、何か勘違いしてるんじゃないか? すぐ冷めると思うけど?」
「冷めません」
きっぱりとハッキリと言い切った。気持ちいいくらい迷いがない。
「俺のこと子どもだと思ってんでしょうけど。そんなの分かって言ってるんで」
「うーん。てかどこがいいの?」
「…初めの印象より真面目で、ちゃんとしてるっていうか。仕事とか……?」
「それ、社会人なら普通じゃね?」
「いや、それはだから…くそ。とにかく好きだと思ったんだから好きでいいじゃないですか!」
あちゃ、拗ねちゃった。いつもの可愛いショウくんはどこ行った?
「逆ギレすんなよー。別人みたいじゃん」
俺だってさ、それなりに好ましく思ってるよ。年の差は気になるけど、こんな風に素直に好意を向けてくれるのはやっぱり嬉しい。優しくていいやつだし、一緒にいると気楽だし楽しいし。
右手に触れた指先が小刻みに震えている。寒さが理由でないことは明らかだ。そんなに緊張するよ、俺の返事なんかでさ。
一緒にいると、俺も好きになる予感がする。でもさ、お前と違って若くないんだよ。気持ちだけで動けるほど純粋じゃないんだよ。
逃げ場を確保しておきたいし予防線を張っておきたい。打算的でごめんな。
「あのさ……例えば、お試し的な感じはダメか?」
「お試し……」
「そーお試し。どっちかが、なんか違うなーと思ったら白紙にもどす。どお?」
ショウは俺の手を握ったまま、視線を左右に揺らして考えていた。ごめんな、面倒くさい条件出してさ。どうする? 狡いって怒るか? それとも受け入れるか?
「お試しでも、いいです」
ショウは、さほど時間を置くことなく顔を上げてきっぱりと言い切った。
「よろしくお願いします」
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