5 二人で 車で

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5 二人で 車で

*2人の様子を妄想するのは楽しいです。    朝、窓を開けて空を見上げると雲の切れ間から秋晴れを予感させるような澄んだ青空が見えていた。心配していた雨は夜のうちに止んだようで、ベランダの手すりには水滴が残っていたがアスファルトほとんど乾いていた。  良かった。旅行に行くならやっぱり晴れが一番だ。  ショウと出かけようと約束したものの俺の仕事が忙しく、結局ひと月以上待たせてしまった。    コインパーキングに停めていたレンタカーに荷物を詰め込み、最寄り駅に向かった。車内の時計を見ると、待ち合わせ時間を五分過ぎていた。  俺、毎回遅刻してんなぁ。早起きしたハズなのに、ギリギリになってしまう不思議。心の中で反省しつつ駅に向けて左折した。  駅前のロータリーは平日と違って閑散としていた。バス停に並ぶ人も改札に向かう人も少ない。  黒いデニムにパーカーを着た男が、大きなリュックを足元に置いてベンチに腰掛けていた。うつむき加減で手元のスマホを操作している。  静かに車を寄せてウインドウを下ろした。「お待たせ」と声をかると、ショウはパッと顔を上げてニコニコと嬉しそうに駆け寄ってきた。 「ゴメンな。待ったか?」 「俺もさっき着いたばっかです」 「そっか」  コンビニで飲み物を買い、目的地にナビをセットして北に向けて出発した。高速道路に入る頃には完全に雲が消え、澄み切った空に日光がきらきらと眩しかった。    Bluetoothからショウがセットした音楽が流れてきた。わざわざプレイリストを準備したのだという。画面には馴染みのある曲名が表示されていた。 「知ってる曲ばっかりだ」 「音楽にこだわりないって言ってたんで、流行りのを集めました」 「マメだなんだなー」 「運転交代できないんで。ちょっとでも気分転換になればって思って」  俺は旅行のためにわざわざ音楽を準備したことなんて一度もない。正直、ラジオで十分だと思っている。そもそもハマるほど好きな曲もアーティストもいないし、ついでに言うと音痴だし。  友達には信じられないといわれたっけ。でも、俺だって音楽を聴けばウキウキするし、歌詞に共感するくらいの感性は持っている。  今流れている曲は少し前に話題になった映画のオープニングだったかな。聞き覚えのある曲が流れると耳が反応する。  「いいじゃん。サンキュ」  ショウはホッとしたように小さく息をはいて俯いた。目を逸らして下を向くのは、照れた時の彼の癖だと最近気がついた。  あちこちから曲を集めて並べて……それなりに面倒な作業だろうに。わざわざ作ってくれたと思うと素直に嬉しいし可愛いなあと思う。  渋滞に巻き込まれることなく俺たちは順調に北上する。  軽快な音楽は聴いているだけで気持ちが弾んでくるから不思議だ。隣ではショウが指でリズムをとりながら静かに歌っている。  SAで遅い昼メシを済ませ、ベンチでぼーっとしていたら、トイレに行ったはずのショウがソフトクリームを二つ手にして戻ってきた。差し出されたそれは倒壊しそうなくらいデカい。 「見たら食べたくなりました」 「でかいなー。うわわ、落ちる」  慌てて渦巻きにかぶりついた。苺の果肉がたっぷり入っていて甘すぎず、さっぱりしていて美味い。そっか。この辺りは苺の産地として有名だっけ。春ならいちご狩りもアリだな。  SAなんて、一人の時はトイレ休憩のために立ち寄るくらいなので、こんな風にのんびり過ごすのは久々だなあ。何年ぶりだろう。  そんなことをぼんやり考えていたら、ショウが顔を寄せてきた。何だと思っている間にスマホでササッと自撮りされた。 「記念写真です。ほら」 「うわ。変な顔撮るなよー」  見せられた画面には、にっこり笑った若者とぽかんと目を丸くしたアラサー男がいた。間抜けな表情の自分に苦笑いしかない。こっちを向けと指示され、山を背景にもう一枚。ショウは、手元で保存した写真を見ながら満足そうにしている。  誰かと思い出を共有するのも久しぶりだ。ここ数年は恋人もいないし、友人だちともしばらく会っていない。  仕事が充実しているので寂しさは感じていなかった。が、誰かと密に関わる時間は楽しいのだと、彼といて思い出した。  再びハンドルを握り、次のICを降りるとすぐに目的地に到着した。  ここは那須岳近くの道の駅で、山頂に向かう裏街道の中腹に位置している。地元の農産物が豊富に販売され、温泉も併設されていている。観光地としては全く無名で地元の人間以外の利用客は少なく、県内ナンバーの車ばかり停まっている。  駐車場は広く、手すりの向こう側は崖になっていて遠くまで視界を遮るものがない。一晩中駐車してもOKで、ここで車中泊もアリだと考えていた。  レンタカー歯座席がフラットになるタイプを選んだし、夜は冷え込むことを想定して冬用の寝袋を専門店からレンタルした。家から持ってきたカイロや毛布もあるし、寒さ対策は問題ないはずだ。  ーーなりゆき次第ではラブホもありかな。  建物から離れた端のほうに車を駐めた。  車を降りたショウが、うーんと両手を大きく広げて背中を伸ばし深呼吸をした。軽く二回ジャンプして、そして何を思ったのか突然走り出した。駐車場の端まで行って、ぐるりと大きく一周して戻ってきた。 「なんだ突然。座りっぱなしで疲れたか?」 「背中硬くなっちゃって。ナルさんは?」 「まあ、大丈夫だ。この先に祠があるんだ。せっかくだから挨拶しとこう」    ショウを促して、駐車場の脇から遊歩道に入った。周囲の木々は黄緑から黄色やオレンジ、燃えるような赤まで賑やかで、様々な色に囲まれたなかを進む。遠くから見ると美しいグラデーションになっているんだろう。  足元は、草が刈られ歩きやすいよう手入れされている。緩やかな登り坂を歩くうち、いつの間にか足に疲労が溜まっていたようで土留めされた段差に足を取られて膝をついてしまった。  たいした高さではないのに。日頃の運動不足を反省する。 「大丈夫ですか?」  ショウがすっと手を差し伸べてくれたので、ありがたくその手を取った。立ち上がった後もショウは繋いだ手を離そうとしない。引いてみたが、逆に強く握られてしまった。 「なあ、手」 「恥ずかしいんですか?」 「いや……」 「誰もいませんよ」  ショウは揶揄うように言ってくすくす笑った。もう一度ぶんぶんと払ってみたがやっぱり解くことができない。  まるで恋人みたいじやないか。  結局、祠まで手を引かれたままだった。  ひっそりと立つ小さな祠の前で手を合わせ、ここまでの無事を感謝しこのあとの旅の安全をお願いした。遊歩道はまだ先に続いている。 「もう少し行ってみるか」 「ナルさんの足が大丈夫なら」 「大丈夫だよ」  道なりにもう少し行くと、木々が途切れた場所がある。そこは足場が崖の方に少しせり出していて、展望台のように景色が良い。が、そのぶん風が強い。  目の前に広がるパノラマは駐車場から見るより雄大だった。東京よりも秋が深まっていて、山の斜面が赤や黄色に色づいていた。湖は空を映したように青い。遊覧船だろうか、船がいくつも浮かんでいる。 「ふぇ、っくしゅん。あー」  ショウが風を遮るように隣に立ち、さっと自分のパーカーをかけてくれた。 「いーよ。お前だって寒いのは同じだろ」 「若いからヘーキです」 「おいー喧嘩売ってるのか」  それには返事をせず無言でにっこり笑い、再び前に立って歩き始めた。 「お前だって寒いだろうにさ」    上着のファスナーを締めながらぼそっと呟いた。結局のところ、気遣ってもらうのはやっぱり嬉しいんだよな。暖かい飲み物を飲んだときみたいに、体の内側がホカホカした。  秋の日暮は早い。駐車場の辺りは薄暗くなっていて、気温もぐっと下がってきた。 「早く温泉入って暖まろうぜ」  
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