青の深淵

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 彼女のお薦めインクを吟味するのに、ゆうに2時間はかかった。  国内メーカーは大手メーカーから地方のインク専門店まで。海外メーカーは聞いたことも無いモノがちらほら。カヴェコ? KWZ(カウゼット)? ローラー&クライナーなんて初めて聞いたし。  で、結局私が決めたのが、ナガサワという文具メーカーの「神戸インク」というシリーズで「加納町ミッドナイト」ってやつ。紫がかった深いグレー味のあるブルーブラックを見て、ああこれだ! ってピンときたのだ。 「余ってる『カクノ』があるから入れたげるね」 「カクノ?」 「パイロットのお手頃万年筆よ。文房具屋さんで普通に売ってるわ。普段使いなら細字がいいわよね。丁度EFが空いててよかった」  と、彼女は嬉々として透明な軸の万年筆を持ってくると、上下のキャップを外して先っぽをインク壺に突っ込んだ。 「えっ? ちょっと! 何してるの?」 「すぐ使えるように万年筆のコンバーターにインクを詰めてあげるのよ。万年筆ってこうやってインクを詰めながら使えるからエコなんだから。後で、小瓶に入れてインクのおすそ分けもしてあげるわ。万年筆の取り扱いも教えてあげるわね」  知らなかった。  万年筆って、こんな風にインクを充填するのね。  あれよあれよという間に彼女のペースに乗せられている。  それにしても私、インクが欲しいなんて一言も言ってないよね?  彼女が万年筆の準備に集中しているので、ちょっとした沈黙が生まれてしまった。  すっかり冷めきってしまったアールグレイ。 「ねぇ……さっき、『ブルーブラック』は一色じゃないとか『深い色合いのそれ系』とか言っていたけど、そんなにブルーブラックって種類が多いわけ?」  彼女は、万年筆の先 ―― ニブというらしい ――をやわらかいティッシュで拭きとって、口角をキュッと引き上げた。 「見る? 私のコレクション」  
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