コンビニにて。

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コンビニにて。

 あ、と制服姿の綿貫が呟いた。中学の頃は帰りにコンビニへ寄るのは校則違反だった。たまに制服のまま寄るバカがいて、学校へ通報されていたっけ。高校生ってのはいいもんだね、と二ヶ月前に進学したばかりの俺は愉悦浸る。それはともかく。中学の時、通報された当事者たる綿貫の視線の先には食玩の箱がある。どうした、と俺の掛けた声にも応じずに、しゃがんで箱を三つ手に取った。そして、なあ、と此方を見上げる。 「六百円、貸してくれ」 「嫌だ」  即答すると、何でだよ! と声を上げた。 「うっさい。コンビニで大声を出すな」 「出すわアホ。田中のケチ! 六百円くらい貸してくれたっていいだろ!?」 「誰がケチだ。そんな大金、ほいほい渡せないわ」 「大金って程でもないだろ」 「じゃあ何で貸して欲しいんだよ」 「三百円しか持っていないから」 「お前にとって六百円は間違いなく大金だわ!」 「うるせー! 綾継さんが主演の映画が公開したから特集記事を組んだ雑誌がいくつも売られて買い揃えていたんじゃい!」 「だからどうした。食玩も買えない貧乏人であることに変わりは無いし、その理由も責任もお前に帰結しているわ。故に俺が金を貸す理由にはならない」 「ケチ! あ、わかった。田中も金が無いんだろ」  ……痛いところを突かれた。まさにその通り。返す言葉が見付からない。図星か、と綿貫は唇を歪めた。ちっ、勘のいい奴め。 「そうかそうか、人を貧乏人呼ばわりしておきながら六百円も持ち合わせていないとはなぁ。よくあんな台詞を吐けたもんじゃのぉ」 「うっせ。月末だから金が無いんだよ」 「いくらあるんだ?」 「四百円」 「貸してくれ」 「ふざけんな! 四百円で月が変わるまでのあと三日を過ごさなきゃならない人間からよく借りようと思えるな!?」  やり合っていると、どうしたの? とジュースとお菓子を籠に入れた橋本がやって来た。 「田中が金無いくせに俺のことを貧乏人呼ばわりした」 「綿貫が金の無い俺に貸せってせびってくる」  溜息を吐いた橋本が、ダブル貧乏人、と呟いた。おい! と二人揃って橋本を締め上げる。しかしレジの方から、お客様、とキツイ声が飛んで来た。振り向くと、パートのおばちゃんが俺達を睨んでいた。げっ、あれは中学が一緒だった松中君のお母さんじゃないか! すいません、と三人揃って慌てて頭を下げる。 「田中がデカい声を出すからだぞ」 「橋本がバカにしたせいだ」 「二人ともぉ、三百円ずつ貸してくれよぉ。なんなら橋本が六百円を出してくれてもいいぞ」 「嫌だよ。俺だってジュースとお菓子を買ったら五百円しか残らないもん」  その返答に、ぐっ、と歯噛みする。 「微妙に貧乏人扱い出来ない残額だな……」  まったくだ、と綿貫も同意した。しかしすぐに両手を合わせて俺と橋本を拝んだ。 「なあ、頼むよ二人とも。この食玩菓子がどうしても買いたいんだ」  こいつがここまで食い下がるのも珍しい。その割に俺を貧乏人仲間と評しやがったが。 「これ、五体のキャラがランダムで入っているんだけどさ。変形合体が出来るのよ。全種類を揃えて初めて、ユウユウロボットゴイガーンに変身が可能となる。ちなみにユウユウは勇気と友情を意味する。毎週日曜夕方六時、絶賛放送中だ」  あぁ、成程。話が見えた。 「それを綿貫は必死で集めていて、でもまだ揃っていないから俺達に金を借りてでも買いたいわけだ」 「しかも最近店頭に出回らなくなってきたと見た。だから三個もあるなら何が何でも買いたい、と」  橋本も察していた。その通り! と綿貫が叫ぶ。おい、静かにしろ。まだ松中君のお母さんがこっちを睨んでいるのだから。レジに背中を向けているお前にはわからんだろうがな。 「肝心のユウユウソードとそれを握る右手が当たらないんだ! この、マッスル・ピンクが欲しいんだよ」  ほら、と外箱を指し示す。ピンクのロボットが突っ立っている写真がそこにはあった。 「なあ田中、橋本、この通り! 三日後には俺も来月の小遣いを貰えるから、そうしたら必ず返す!」 「三日間、二百円で過ごせと?」 「俺なんて百円だぞ。しかも今日、此処で何も買えなくなる」  うーん、と橋本と揃って腕を組み考える。俺達、貸す側には特にメリットは無い。利子をつけて返せって迫るのは、この食玩の販売会社並みに阿漕な商売だ。まあ正確には商売ではないが、とにかくケチ臭い。しかしそれ故にマジで貸して得は一つもない。  ただ、理由はある。  わかったよ、と溜息を吐き俺は財布を取り出した。 「お前がそんなに買いたいのなら、貸してやる。親友の頼みは無碍に出来ん」 「まあ、そうなるよねぇ。幸い、今日は金曜日だから土日に出掛けなければ金もかからないし」  橋本もそう言って財布を取り出した。 「いやお前、十七歳の高校生が土日に引き籠るって宣言をするなんて不健康だろ」  思わずツッコミを入れると、そんなことない、と首を振った。 「ゲームをしていたら休日なんてあっという間に終わる」 「よし! 明日は三人でサイクリングに行くか! 健康的にな!」 「え、嫌だよ。ゲームをしたい」 「駄目!」 「嫌だ!」 「な、綿貫。サイクリング、行くよな!」  話を振ると目を丸くした。 「行ってもいいけど、でも三人とも金は無いぞ? 今日、俺がこれを買わせて貰うから」  そうして食玩の箱を指し示す。微妙な沈黙が下りた。思い付きで喋るんじゃなかった。取り敢えず三百円を渡す。ありがとう! と綿貫は喜び橋本にも手を差し出した。しかし、待ってよ、と橋本は制止する。 「俺が先に会計を済ませてから、三百円を渡すよ。万が一、計算を間違えていたら困るし」 「確かに! じゃあひと箱は渡しておくから買って来てくれ! 田中も、お前の三百円でこれを買ってくれ! 俺は俺の三百円で自分のひと箱を買って来る!」  はい、と小銭を返された。ユ・ウ・ユ・ウ~勝利! と歌いながら綿貫はレジへと向かって行く。その背中を見詰める俺の脳裏には疑問が湧いていた。なあ、と橋本に話し掛ける。 「一旦、俺に三百円を返す理由がわからんのだが」 「綿貫の思考はわからないから考えなくていいと思う」  だよな、と溜息を吐き、俺達もレジへと向かった。順番に松中君のお母さんに会計を済ませて貰う。 「俺、トイレに行ってくる! ちょっと待っていて!」  一番に支払いを終えた綿貫は買った品物をリュックに入れてトイレへ向かった。用を足してから買い物をするのが普通だと思っていたが、俺の常識が違うのだろうか。
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