3.美しい男性

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3.美しい男性

 次の日は、土曜日だった。  冬休みの宿題をしていても、ご飯を食べていても、お気に入りの本を読んでいても、ふとした瞬間に、大和(やまと)くんのことを考えてしまう。  今頃、付き合ったばかりの彼女さんと遊びに行っているのかな、とか。  でも、まだこの恋心、諦めなくてもいいんだ!  そのためにも、わたし、頑張る。 「約束の時間、もうすぐだ!」  夕方、おばあちゃんには友達と勉強会をするのだと伝えて、家を出た。  神社の石段を上り、鳥居をくぐったところで「あ」と小さく声が漏れる。  人がいたからだ。 「これじゃ、狐さんと会えない」  わたしはぽつりと呟いた。  どうしよう、あの人が帰るまで待とう。そう思い、再度、その男性らしき人物へと視線を送る。  その人は、敷き詰められた砂利の真ん中、石畳の道になっているところに立っていた。  それにしても、なんて美しい人なんだろう。  人じゃないような雰囲気すら漂っている。ポニーテールにまとめられている髪は、白色。ううん、銀色かな。和服を身に纏っているし、切れ長の目は、境内のもみじや、どんとただずむ鳥居や、立派な本堂じゃなくて、なにか神聖なものを見据えているよう。  ひょっとして!  今度こそ、本物の神様?!  彼はわたしのうるさい視線に気づいたのか、ゆっくりとこちらを向いた。 銀色の毛先がさらさらと風になびいて、太陽の光がキラキラと反射する。 「うわあ」  目が合って、思わずまぬけな声がでる。  かっこいい、と声にならない思いが込み上げてきて、胸が高鳴る。顔だけ見るとちょっぴり怖いのに、立ち振る舞いが優美で、そのギャップにやられてしまいそう。  いやいや、わたしには大和くんがいるんだから! と、自分に言い聞かせる。 「名は?」  彼は石畳の上で下駄をカランコロンと鳴らし、こちらへと歩きながら、名前を聞いた。  あれ? この声どこかで……。 「い、彩羽(いろは)です」  わたしは答える。 「そうか。名前を知らんと不便だからな。昨日は聞きそびれてしまった」  その言葉に一歩、後ずさる。  失礼かな、と思いながらもまじまじと、上から下まで彼を眺める。 「き、昨日って。……まさか」 「なんだ、気づいていなかったのか?」  美しい男の人は、にやりと笑った。 「き、狐さん?」 「その呼び名はどうかと思うが……まあ、いい。いかにも。どうだ、人の姿もなかなかのものだろう」 「そ、そうですね」  ドキドキしてまっすぐに彼の顔を見ることができない。  これは、恋とかじゃなくて、俳優さんやアイドルにときめくあの感じ。わたしには、友人の弥生(やよい)や他のクラスメイトの子みたいに、推しはいない。でも、彼女たちの気持ちが、なんとなくわかった気がした。 「そうだろう、そうだろう」  狐さんは満足げにうなずく。 「あの、どうして人間の姿なんですか?」  わたしはあたりを気にしながら、尋ねる。幸い、他に人はいなかった。 「こっちの方が、都合がよいからな。この姿なら人間の目にも見えるぞ。彩羽も、私と会話をしていて不審に思われることはない」 「あ、えっと……。たしかに。うん」  ふいうちで名前を呼ばれて、顔に熱が込み上げてくる。  うわあ。これ、けっこうくるなあ。 「さて、本題に入ろう。ん? なにをぼうっとしている」 「ううん。なんでもないです。本当に」  狐さんは「そうか」と言って、石段に静かに腰掛けた。  わたしはその隣におずおずと座る。 「さて、これを」  狐さんは、懐から一枚の紙を取り出して、わたしへと差し出した。 「アルバイト募集?」  そこに記されている文字を読み上げる。 「そうだ。ちょうど、短期の住み込みスタッフを募集している。世間でいう冬休みの間のな。高校生も歓迎とのことだ」 「住み込み?!」 「そうだ。通うという手もなくはなさそうだが、そこは任せる」  あらためて住所を見る。  わたしの家からは、電車で三十分ほどの距離だった。  うーん。このくらいの近さなら、住み込みバイトでもギリギリ許してもらえそうな気はする。  優しいけれど、ちょっぴり頑固で厳しいおばあちゃんの顔を思い浮かべた。ダメって言われたら、そのときは通うしかない。通勤しなきゃいけないことを考えると、泊まり込みの方がいいんだけどな。 「まずは、ここに応募して、雇われればいいんですね?」  わたしは尋ねた。 「その通り。まあ、その求める人材像に当てはまる自信がないというのなら、他の方法を考えるまでだが」  狐さんはにやりと笑って、こちらを見てくる。  そこに書かれていたことは、五つ。  一、人に喜んでもらうのが好き  二、チャレンジ精神がある  三、積極的に行動できる  四、前向きである  五、明るく素直 「う……」  正直なところ、自信なんてない。ましてや今は失恋中の身……。こんなにポジティブな言葉たちが並んでいるのを見るだけで、わたしはたじろいでしまいそう。 「くくっ。どうした? 難しければ、無理にとはいわん」  さっきからうすうす気づいてはいたけれど、狐さんってば、わたしの反応を見て面白がってない? ちょっぴりいじわる! 「だ、大丈夫です! 面接、受かるかわかりませんけど、とりあえずやってみます!」  勢いよくそう伝えて、ああ言っちゃったと心の中で呟く。 でも、ここで引き下がるのは、なんだかイヤだって思ってしまったんだ。 「そうか、では、そこに連絡して進めてくれ」 「わかりました。……あ」 「なんだ?」 「狐さんも、人の姿で旅館の中に?」 「私が人間の宿泊施設で働くとでも? これでも暇ではないんでな」  そうだ、狐さんは神様の遣い。  人間に混ざってアルバイトなんてするはずがない。 「し、失礼しました」  わたしは慌てて、ぺこぺこと頭を下げる。 「一応伝えておくが、私はここの神社にやってきた者の願いを神へと届ける神使しんしだ。見廻(みまわ)りの仕事は、あくまで片手間……。まあ、そうもいっていられない状況なのだが」  どうやら、狐さんはわたしが想像しているよりも、かなり忙しいらしい。 「あのう。神社の神様の遣いって、みなさん見廻りの仕事もされているんですか?」  ふと、疑問に思ったことを聞いてみた。 「いいや。本来はべつの者、専任の担当者たちの仕事だ。私は九年ほど前に、少しやらかしてな。その罰として、見廻(みまわ)りの仕事をやらされている」  その場に腰掛けて、石段を見下ろしたまま、狐さんはそう言った。  九年前っていうと、わたしはまだ七歳くらい。お父さんとお母さんが亡くなったのも、その頃だ。とても昔のことに思えるけれど、彼にとってはそうでもないのかな、なんてことを考える。 「罰、ですか」  狐さんの世界に、懲罰があることにもびっくり。  いったい、どんなことをしたんだろう。とても興味がある。あの大きな狐の姿で暴れまわったのか? 神様へのお供えものを勝手に食べたとか? 「そうだ。……まあ、ここらは、あやかしたちの治安がよくないエリアだからな。ちょうど、力のある者の目が欲しかったんだろう」  狐さんは、ふむふむと自分を納得させるように、うなずいた。 「そうかもしれませんね」  今は狐さんに話を合わせておくことにした。  もう少し、仲良くなれたら、九年前になにをやらかしたのか聞いてみようかな。  教えてくれるかは、わからないけれど。
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