リン 7

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 私は、ブルブルと震えながら、  「…葉問…オマエ?…」  と、言った…  が、  それだけだった…  私が、それ以上、語る前に、葉問が、  「…お姉さん…では、これで…」  と、言って、あっさりと、私の前から消えたからだ…  一瞬で、いなくなったからだ…  これは、いつものことだった…  いつものことだったのだ(苦笑)…  後には、葉尊が、いた…  私の夫がいた…  当たり前だった…  葉問は、葉尊のもう一つの人格…  葉問が消えれば、葉尊に戻るに、決まっているからだ…  葉問が、いなくなった後は、葉尊が、真顔で、  「…お姉さん、どうかしましたか?…」  と、私に聞いた…  これもまた、いつものこと…  いつものことだった(苦笑)…  私は、  「…なんでもないさ…」  と、答えた…  「…なんでもない?…」  と、葉尊が、言う…  これもまた、いつものことだった…  この葉尊は、どうも話しづらい…  葉問の方が、話しやすい…  だから、葉尊に対して、どうしても、つっけんどんな態度を取る…  自分でも、いけないと思っていても、つい、つっけんどんな態度を取ってしまう…  そして、私が、そんな目に見えて、つっけんどんな態度を取っているにも、かかわらず、葉尊は、なにも言わない…  なにも、怒らない…  ホントは、怒っても、いいところだが、怒らない…  実は、私は、それが、不満だった…  自分でも、矛盾していると、思うが、それが、不満だったのだ…  ホントは、葉尊に怒って、もらいたいのだ…  ホントは、葉尊に怒鳴ってもらいたいのだ…  もっと、素直に私に対して、感情をぶつけて、もらいたいのだ…  正直に言えば、それが、私の望み…  この矢田の望みだった…  が、  やはりと、言うか…  葉尊は、なにも、言わなかった…  この矢田に、一言も、口答えせんかった…  そのまま、黙って、なにも、言わんかった…  そして、これは、いつものこと…  いつものことだった…  葉問から、葉尊に帰る…  葉尊に、戻る…  すると、当然、葉尊は、私が、葉問と、どんな話をしたのか?  気になるに決まっている…  が、  しかしながら、この私になにも、聞かない…  もしかしたら、葉尊は、自分のカラダを葉問が、使っている間には、まるで、傍観者のように、私と葉問のやり取りを見ているかも、しれんかった…  それだから、あえて、私に聞かなくても、なにが、起こっているか、わかっている…  だから、私になにも、言わないのかも、しれない…  だから、私になにも、尋ねないのかも、しれない…  が、  それでも、ホントは、私に、聞いて、もらいたかった…  「…お姉さん…今、なにが、あったんですか?…」  と、聞いてもらいたかった…  ハッキリ言えば、もっと葉尊と、コミュニケーションを取りたかった…  それが、私の本音…  ウソ偽りのない本音だった…  が、  それは、なかった…  いつもなかった…  葉尊は、いつも、なにも、言わなかった…  もちろん、私に不満があるのは、わかっている…  しかし、なにも、言わなかった…  あるいは、不満を口にすることで、私との間に、波風が立つことが、嫌なのかも、しれんかった…  これは、口喧嘩を例に取れば、よくわかるが、二人が、争って、一方が、相手を怒鳴りまくって罵倒しても、相手が、なにも、言わなければ、喧嘩にならない…  ただ、一方が、相手を口汚く、罵るだけ…  それでは、やがて、相手がなにも、言わないのだから、悪口を止める…  それは、ちょうど、暖簾に腕押しというか…  いくら、相手を罵っても、なにも反応がないからだ…  だから、バカバカしくなり、やがて、怒鳴るのを止める…  そういうことだ…  が、  それでは、空しいというか…  やはり、喧嘩をしたい…  やはり、素直に、口喧嘩をしたい…  素直に、感情をぶつけてもらいたい…  思っていることを、素直に、口にしてもらいたい…  それが、本音…  この私の本音だった…  が、  それが、ない…  それが、一切ない…  だから、不満…  不満だったのだ…  そして、その不満を考えるとき、まるで、これは、もしかしたら、熟年夫婦に似ているとも、思った…  まだ、結婚して、半年ちょっとしか、経っていないにも、かかわらず、熟年夫婦に似ていると、思った…  互いに、言いたいことは、あるが、もはや、なにも、言わない…  互いに、もはや、言っても、無駄だと思っているからだ…  だから、なにも言わない…  そんな熟年夫婦に似ている…  もしかしたら、私と葉尊の関係は、そんな熟年夫婦に似ていると、思った…  思ったのだ…  それから、一週間も経たない間に、リンが、来日した…  お義父さんと共に、来日した…  事前に、お義父さんから、連絡があった…  あり得んことだが、息子の葉尊ではなく、この矢田に連絡があった…  「…お姉さん、お元気ですか?…」  と、言って、なぜか、直接、この矢田に、お義父さんから、電話がかかって来た…  夫の葉尊ではなく、夫の嫁の、この矢田に電話がかかって来たのだ…  これは、あり得ん…  あり得ん話だった…  普通の家庭でも、まずは、自分の息子に、電話をするものだ…  血の繋がった自分の息子に真っ先に、電話を入れるものだ…  が、  なぜか、お義父さんが、自分の息子の葉尊を差し置いて、真っ先に、電話を入れたのは、この矢田だった…  この矢田トモコだった…  台湾の大実業家が、真っ先に、電話をくれたのが、この矢田トモコだったのだ…  これは、あり得ん…  いくら、考えても、あり得ん話だった…  普通の家庭でも、真っ先に電話を入れたのが、血が繋がった自分の息子では、なく、その息子の嫁ならば、驚くが、それが、葉敬のように、大金持ちなら、仰天する…  どうして、自分に真っ先に電話をくれたのか?  仰天する…  しかも、  もしや、この矢田が、とんでもない美人で、お義父さんが、この矢田に密かに、恋心があるとか、言うなら、まだ、わかる(笑)…  が、  しかしながら、それは、まったくない…  全然、ない(爆笑)…  なにより、葉敬の周りには、美人がいる…  リンダと、バニラと言う絶世の美女がいる…  だから、お義父さんが、この矢田を狙っているなどと、いうことは、あり得ない…  神様に誓って、あり得ない話だった(苦笑)…  にも、かかわらず、なぜか、この矢田は、お義父さんに、気に入られていた…  誰の目にも、明らかに、気に入られていた…  これは、この矢田にも、解けない謎だった…  解けぬ謎だったのだ…  しかしながら、この矢田には、皆目、見当もつかぬ、謎だったが、以前、一度だけ、あの葉問が、その謎に言及したことがある…  ずばり、その謎を解いたことがある…  その答えを言ったことがある…  葉問は、その謎を、こう説いた…  「…それは、お姉さんが、葉尊を、変えることができる存在だから…」  と、私に説いた…  私は、わけがわからなかったが、葉問が、その意味を説明した…  葉問は、葉尊のもう一つの人格…  葉問は、葉尊の双子の弟だが、実在しない…    葉尊のカラダを借りた、もう一つの人格に過ぎないからだ… しかしながら、以前は、ちゃんと、実在した…  本物の葉問が、実在した…  が、  その葉問は、幼い葉尊が、仕掛けた、いたずらで、死亡した…  その死んだ、葉問を、いわば、葉尊が、自力で、蘇らせた…  それが、現在の葉問だった…  自分の仕掛けたいたずらで、双子の弟の葉問が、死んだことに、悔いた葉尊が、自力で、 蘇らせたのが、今の葉問だった…  だから、ホントは、実在しない…  それゆえ、お義父さんは、葉問を嫌った…  当たり前だった…  なにしろ、ホントは、実在しないのだ…  好きになるはずが、なかった…  そして、なにより、お義父さんは、葉尊の性格を見抜いた…  いたずらとは、いえ、自分の弟を殺すことをするような真似をすること、自体、葉尊の性格には、どこか、どす黒いものが、あることを、悟った…  そして、葉尊は、自分のいたずらで、弟の葉問を殺したことにより、当たり前だが、自分も、傷付いた…  そして、葉尊の持つ、どす黒い性格に、弟の葉問を殺した、自分を責める意識が、重なり、より複雑な性格になった…  その複雑な性格が、私と接することで、改善する…  私といっしょに暮らすことで、葉尊の性格が、改善する…  それが、葉敬の目論見だと、葉問が告げた…  この矢田に告げた…  私は、それを聞いたとき、  …そんなバカな?…  と、思った…  たしかに、順を追って、説明されれば、理解できる…  理解=納得できる…  が、  しかしながら、そんなことは、不可能…  不可能だった…  この矢田といっしょにいるだけで、性格が、良くなれば、医者は、苦労しない…  そんなことが、あるわけは、なかった…  なかったからだ…  私は、今、お義父さんの電話を受けて、そんなことを、考えた…  葉敬の電話を受けて、そんな以前、葉問が、私に言ったことを、考えた…  そして、そんなことを、考えていると、  「…お姉さん、来週、リンと、そちらに、行きます…」  と、葉敬が、告げた…  そして、  「…そちらに、行ったら、ぜひ、お姉さん、リンの面倒を見てください…」  と、告げた…  予想通りのことを、告げた…                <続く>
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