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ただいまおじさん、というおばけがいるそうだ。
これは、僕の通う小学校でまことしやかに囁かれる噂。ジャンルで言えば、一応、怖い話になるんだろうか。一人で留守番をしていると、見知らぬおじさんが「ただいま」と言いながら家に上がり込んでくる。鍵をかけていても、オートロックのついたマンションでも、構わずおじさんは「ただいま」と言いながら入ってくる。
その「ただいま」に、うっかり「おかえり」と答えてしまうと、知らない間にそのおじさんがお父さんになってしまう、とか。
「えっ、じゃあ本物のお父さんはどうなっちゃうの?」
「なんか消えちゃうっぽいぜ」
「やばー!」
いつもの通学路のいつもの面子。学校からは特に集団登校を勧められているわけじゃないけど、気づくと僕らはいつもこの顔ぶれで下校している。
「あ、でもタクトんちは大丈夫だよな」
そう言って、ニヤニヤと僕を見下ろすのは友達(?)のワタルだ。
僕が何となくつるむクラスメイトの中でもとりわけ身体がデカく、おまけに態度もデカい。ドラえもんで言えばジャイアンなキャラだけど、これで勉強もできるしスポーツも万能なのが面白くない。お父さんは地元では名の知れた会社の社長をやっていて、いつも最新のゲーム機を発売当日に買って来てくれる。スネ夫要素も兼ねたジャイアンなのだ。
「やめなよ、そういうの」
ワタルに反論したのは、こっちはいかにも出木杉って感じのリョウマ。最新のゲーム機で遊ばせてくれるワタルに誰も何も言い返せない中、リョウマだけは言いたいことをずけずけ言える。というのも、頭はもちろん顔も良く女子にモテるので、ワタルに対するのとは別の意味で誰も何も言えないのだ。リョウマをいじめるとクラス中の女子に嫌われるから。
「タクトにお父さんがいないのは、別にタクトのせいじゃない」
そしてリョウマは、「な?」と、いかにもいいことを言ったぜって顔で僕を見る。僕は「うん……」と曖昧に頷きながら、そういうお前には大学で教授やってる立派なお父さんがいるんだよな、と内心でリョウマを腐している。
するとワタルは「だから何だよ」と鼻を鳴らす。
「そうだタクト、お前、ただいまおじさんをパパにしたらどうだ? もし、お前んちにただいまおじさんが来たら、おかえりって言ってみろよ」
そしてワタルは愉快そうにゲラゲラと笑う。
僕は「えーでも幽霊でしょ?」と怖がって見せながら、頭の片隅では本当に来ちゃったらどうしよう、と考えている。もっともそれは、ある日いきなりスーパーサイヤ人になったらどうしよう、ぐらい取り留めのない想像で、要するに、この時の僕は夢にも思っていなかったのだ。
まさか本当に、ただいまおじさんがうちにやって来るなんて。
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